「すみません海先生。持っていきますから……」
「いや! 別に良いよ、」
意外そうに答えた海先生に、雀と顔を見合わせる。
この箱の規律と暗黙の了解にも慣れたが、未だに首を傾げることがあった。そのうちの一つが掃除をしないことで、
「海が疲れてるよ、」
もう一つが教師に敬語を使わないことだ。
「最後の大掃除だ。卒業すればもうこんなふうに掃除をすることもあるまい。」
「そうだね」
「まあ、それも乙ということだよ」
と、会話をしてそれっきり黙った。
机の足を淡々と拭くもの、友人との談笑に花を咲かせるもの。様々な人間がいる。早く終わりたいのなら口ではなく手を動かせ。と、ワタヌキなら露骨に顔をしかめたかもしれない。しかしワタヌキも、いい加減その暗黙のルールに慣れたのか――私はワタヌキが、内向的になったせいだと思っているけれど――そういうものだと諦めたのか、黙って手を動かしていた。
「それは使わないものですか」
「そう。まとめて持っていくよ」
「ああ――いや、持っていってしまいましょう」
ホウキを受け取って教室を出た。立ち止まるのを、何もしないのを、避けたかった。ぼんやりと終わるのを待つようなことは、したくない。実際的なことしか今の私には意味を持たないのに。
教室からは、ああ、優しいのね、と、彼女の声が聞こえてきたが、違うんだ、と思う気力も、その意味を考える体力も、生まれてこなかった。
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