いつだったか**は言った。
「キスしたくなった」
細められた目は紛れもなく私を見ていて、いつものようにからかうような口元がそこにはある。しかし裏腹に、声は微かに震えていた。
やめろ、という理由もなければ、いいよ、と理由もない。ただ、都合が良すぎる、と、思った。
あの時私が気づかなかったのと同じ理由で、自分の予想に自信が持てないのだ――ただ、
「別にいいよ――すればいい」
と言うと、驚いたように静止する気配がし、沈黙が訪れ、私は腹に息をためた。「いいよ、二言はないんだろう……」
しばらく意味のある沈黙が続き、黙って私はその瞬間を待った。**の手が腕に触る。戸惑うように――直ぐに離れていく。
「……あ」
「……びくっ、て。なった。」
嗚呼、強張った身体は、一体何を伝えたのだろう。拒絶だろうか? いや、それは違うのだ、と私は反芻する。
本能的な嫌悪だったのかもしれない。性に対するものではなくて、人間に対する根本的な嫌悪。
わからなかった。ただ、それが彼女であったら私は、おそらくは、
(迷うことなく受け入れたんじゃないのか)
ファンをまわす機械音と喧騒。音のない小さな部屋でまだ二人は黙っていた。
手を伸ばせば触れる距離で、二人はそれを許していたのに、私は**に、指一本触れなかったし、**も同じだった。
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