「――雀。君はいつだったか、私に聞いた」
『なんで、“さん”なの?』
「君は覚えていないかもしれないが、言ったんだ。何の気なしに言ったんだろうけれどね。私はその時気付いたんだ。私が、かつて呼んでいた愛称で、彼女を呼べなくなったことに、気付いたんだ。」
Kは相変わらず私の頭を撫でている。
箱の中は水を打ったように静かだった。
「――最初は恐らく意図的だったんだよ。それがいつのまにか、呼ばない、のではなく、呼べなく、なってしまっていた。多分、いろんなことがあったからなんだろう。疚しいことがあるのは で、 サンに対して罪は無いと、そういうことなのかも、しれないな――」
成る程、と、雀は納得したような声を出し、黙った。
相変わらず箱は沈黙していて、「外に行こう。声が響くから」と、Kが私に言う。「いいんだ。大丈夫だから。」
恐らくもうそんな時間は、遺されていない。
どうなろうとも、いい、と、ぼんやりと思った。間も無く箱の蓋は開き、他人は人間に還るのだ。
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