少女の口から流れた血が、私の首を伝って滴る。
「みかなちゃん」
彼女が少女の背後から顔を出した。
彼女の手には水色の紐が握られていて、それは少女の首にかかっている。
少女は虚ろな目で私を見て、彼女を見た。
遊具は、気が付けば元通りになっていた。
「名前を教えてよ」
私が聞くと、少女は自嘲するように言った。
「私は「私」だよ」
どこからか、修道院のお昼の鐘が、がんがんと聞こえてくる。
「みかなちゃん、帰りましょう」
「どこに?」
「私たちの学校に」
目の前には学校の正門があった。
扉を開ける直前、彼女は私に聞いた。
「私の名前を覚えていますか?」
どうしてか思い出せなくて、「なんだったっけ?」と振り返る。
そこには何処からか飛んできた枯れ葉が落ちているだけだった。
中途半端な時間で、私は事務の前の名簿の、自分の名前の欄に時刻を記入した。
私を連れ去る人間は、もういなかった。
教室は、私が着席することにより完璧に埋まった。
「だいじょうぶ?」
隣の席の級友が、心配そうに声をかけた。
「大丈夫だよ。ちょっとお腹が痛かっただけ」
「そうじゃなくて、」
その傷、と首を指した。
「噛みつかれたの?」
あ、と思い級友の顔を見る。少女の顔にそっくりだった。
「ねえ、みかなちゃん。私と一緒に逃げようよ。四時間目の真ん中の、修道院の鐘ががんがん鳴り始める、お昼時に」
私は少女の顔をした級友の差し出した手をしっかり握り返した。
土手を二人で駆けていった。風が青葉を薙いでいる。
少女が私に尋ねる。
「ねえみかなちゃん。君は、私が君を殺すと思っているの?」
「まさか」
「私は君を殺すよ。君の首に噛みついて、動脈を噛みきってあげる」
「まさか。そんなこと、できないでしょ」
少女はくすくす笑う。私も、笑う。
「私は君をいつか殺すよ。水色の組み紐で首を絞めて。墓標に薄い桃色の紙の花を供えてあげる」
私の言葉を聞いて、少女は今度は声をあげて笑いだした。私も、大きな声を出して笑った。
PR