船頭は助け船を出した。
「あっちのほうには扉が見えるんだ」
「扉?」
「そう、妄想のね!」
「集中していない の観察をしていたの!」
苦笑しながら顔を上げた。東北も笑う。屈託なく笑う。来るべき時が来た、しかしそれは嫌味も皮肉も悪意もなかったので私は笑った。
「あっちのほうをちらちらみていたでしょう!」
それは事実だった。しかし私は言った。見ていないよ、と笑いながら言った。焦ってなどいなかった。
何も思わなかったのだ。
「かたおもいをしているの、」「だれにかたおもいをしているの、」「くすくす、」「かわいい、」「かたおもい!」
「していないよ。かたおもいなんて、していないよ」
顔を伏せると船頭は助け船を出した。勘の良い船頭。優しくてそれでいて敏感。故に彼女は、中立を決め込む。だから私は信じている。彼女は彼女に、何もしないと知っているのだ。
エースはじっとしている。鞠は談笑している。彼女は勉強をしている。私は、ただ、わらっていた。
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