「わすれものをしたんだ」
そう言って下駄箱を飛び出した。わすれもの。階段を一段飛ばしで駆け上がる。はやく。はやく。一周と半分繰り返したところで、帰宅集団にぶつかった。皆談笑している。あ。私はにんまりと笑って最後の二段を蹴飛ばす。呆けた顔を視界の端に引っ掛けて、二周目。「びっくりした」。手すりを挟んで声が聞こえる。またにんまり。「ばいばい!」。階段を蹴るのを止めて、「ばいばい」。集団の一人が私の顔を驚いたように見た。気付かないふり。そのまま階段を駆ける。今度は二段飛ばしだ。忘れ物は見付かった。
髪を撫でた感覚は、まだ少し残っている。それはかつて、純粋に楽しかったあの頃の感情にも似ている。しかし今のそれは、多大なるリスクの下に得られているのだと、その時の私はまだ気づかなかった。
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