※※※ちゃん。
私が呼ぶと、彼女は少し笑って顔をあげた。
「久しぶりだね――暫く顔を見てなかったよ」
「そうだね」
「何か、あったの?」
単刀直入に切り込まれる言葉。敢えて疑問系にしたのかもしれないが、何かあったからこそ此処にいるのだと、彼女は分かっていたに違いない。彼女は私のことを大体把握しているし、私もまたそうであった。「まあ、色々とね」
「たしか、最後に会ったのは五月三十一日だよ。それっきりで一度も会っていないから、結構私は知らないことが多いと思うけれど」
「それは私もだよ」
「そういえば昔言っていたあの本だけど――」
世間話を暫くすると、あっと言う間に時間は過ぎていた。窓の外は真っ赤になっている。
せかいのおわり、などと言う言葉が頭をよぎった。
もう世間話の種も尽きて、沈黙が訪れた。そっと荷物を纏めながら、私は言った。
「そういえば、何回かあの子にあったよ」
「そう」
それだけ言うと※※※ちゃんは黙った。ただのつけたしでは無くて、これが本題なのだと気づいたはずだった。
しかし、だからなんだ、とも言いたげで、これがあるべき姿なのだと私は無理矢理納得させる。
君を好きな子じゃないか、純粋に君を好いているあの子に対して、何か一言あっても良いじゃないか――喉から出かかった言葉を飲み込んだ。私はあの子の肩を持ちすぎているだけで、※※※ちゃんは何も間違ったことをしていないのだから、そんな言葉は見当違いも甚だしい。
あの時私が何も気付かなかったことを、※※※ちゃんは今でも怒っているのだろうか。私はふと思った。
何も気付かずに不用意に彼女の話をして、※※※ちゃんは傷ついていたのだろうか。今となっては何も分からない。ただ、※※※ちゃんは分かりにくいのだ。世間一般の人間が※※※ちゃんに対して抱いているイメージとは反対に、感情を全く発露しない。
『そんなに深く考えなくて良いよ』
『違う。君が本当に本気なら、私も真面目に考える』
しかし、気づいたからといって、私に何ができたのだろう。※※※ちゃんのあの二面性に常々恐怖を感じた私に、何が出来たのだろう。言葉遊びで人を惑わしていた※※※ちゃんに、何を出来たのだろう。はっきり言わないで、人に確信を持たせないようにしていた※※※ちゃん。決定的なことを何も言わない※※※ちゃん。私は常に吐きそうな不安を抱えていて、それで何が出来たのだろうかと――何も出来ないに決まっている。
「また会おう」
※※※ちゃんはそれだけ言うと席を立った。
そうだ、きっと私は※※※ちゃんが怖いのだ。昔も、離ればなれになった今も、常に私は見えない束縛を受けつづけている。
夏になってから全く思わなくて、むしろそれを嫌がっていたのだが、その時初めて私は、彼女の顔を見たいと思った。
当然だが、※※※ちゃんは彼女に似ていた。