「彼女は――彼女は、私がオアシスに頼んだから、おこっているの、?」
朝御飯のパンは焦げていて、一分走って忘れ物を思い出し、アスファルトの凹凸に邪魔をされ、二本電車を見逃してから、学校に着いたのは十分も遅かった。人のいるところには入りにくい。勿論遅刻ではないのだが、閑散とした教室が好きな私は些か沈んだ気持ちで扉を開ける。教室には一人、人がいた。(おかしいな。エースと筆が居る筈なのに)
珍しいことに、エースがいない。一番にいる筆もいない。二人きり。星しかいなかった。
席につき、突如として素早い回転をした思案を経て、しかしそれでも、至極単純で無意味な疑問を、私は発していたのだ。
「彼女は――彼女は、私がオアシスに頼んだから、おこっているの、?」
おこっているの?星は意外そうに靄のような声を出した。普段はっきりとものを言うが、あまり親交の無い人間に話す時だとか、困っている時、遠慮がある時、に、星はそんな声を出した、気がする。分からないけれど。おこっていないかもしれない。ちがうかもしれないわ。わからない。
どうして、どうして、と星は繰り返すが、その答えを持ち合わせていなかった私は、シンプルな疑問をまた投げ掛けるしかなかった。
「何か……聞いていない――?」
「いやなにも!」
星ははっきりと否定をする。そして、「おこっているのか、」と逆に納得をするのだ。(違うのか、私はまた間違えたのか、ああ、わたしは。それすら信じられないなんて)
「――そうは言っても、私のことは知っているでしょう?」
笑いながら言うと、少しはね、と星も笑う。靄は晴れている。
いつのまにか下を向いて考え事をしていたようで、なやんでいるの、と星が聞いた。そうでもない、と私は首を捻る。ふ、と、誰かと話している時には珍しく、微かな自己嫌悪感が浮かんできて、私はぐ、と目を閉じた。これは甘えだ。優しい人に、他人行儀に、私はどっぷり浸かっているのだ。
たまらなくなって、ごめん、と謝ると、星は謝罪の意味を取り違え、「本当に、何も聞いていないよ、」と心配そうに付け加える。
いい人だね、星は。いい人だね。私は心から言う。ありがとう、と星は言う。「わたし、星のも、ほしいなあ――、」。
つい、と視線を落としながら私は言った。舌の根も乾かぬうちに言った。