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それでも君を*****。

(愛か恋かも分からないけれど)

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12月30日 1月29 日


彼女はその時失望しただろうか。期待外れだと、溜め息を吐いたのだろうか。


そして私と彼女は別れた。人がごった返すホームの中、私は意識して彼女の背中を見ないようにしていた。

(彼女はきっと何も判ってはいるまい。判る気もあるまい。ならば、いずれこの事実は私を殺すエースになるだろう。私を卑怯だと罵るか。いずれは。今まで通りの、その笑顔で。)

そんな暗雲が私の脳裏を駈けた。暫くの間そうしてから、私は携帯電話を取り出すと、文字を打った。六回推敲し、七回細かい訂正をしてから液晶を閉じる。
『……今日は有難う……感謝をしています……』

(いけないな、彼女はそんなに悪い人ではないだろう? 彼女を信じろ、人間不振の****!)

ネガティブな考えをそこで振り払い、私は意識して口角を上げた。「私はなんという幸福者だ!」
暗雲はそれっきり私に近付くことはなく、私のまわりを遠慮がちに蠢いていた。


「私はどうにも、最悪の状況を考えてしまう癖があるようだ。前向きに生きるようにしよう。人間はそんなに、怖いものではないのだから!」

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11月27日 足跡捜し


「どうして、どうして、彼女にしてしまったの。彼女は、なにもしないよ――」
「よく言われる。『彼女は、なにもしない』。その通り、彼女は確かになにもしなかった」
それは責められるべきことではないのだけれど、と付け加えると鞠はふと遠くを見るような目になり、言った。
「センセイ達と同じなんだ――紅茶先生みたいに、なにもしない」


徹底的な不干渉。完璧なまでの間違いのなさ。決定的な他人行儀。それを望み、私はそれを与えられた。しかし、それでも残る一筋の後悔は。

(だとしたら、私は彼女にどうして欲しかったのだろう。)

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12月30日 切り札


人は皆、切り札を持っている。いつでも、誰かを殺すことができる。
ただ、いつもそれらは伏せられているのだ。切り札が必要になるその時まで、存在すら悟らせない。

切り札が必要になった瞬間、切り札は切り札の形を眼下に現す。全ての切り札は表に返り、決定的に傷を与える。


切り札が使われずに終わることを、ただ願いながら生きていくしかないのだ。

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6月29日 起爆剤


「ああ、確かに言った。」


心臓は全てを知っていた。

(私が何故彼女に好意を抱いているのか。あの時何があったのか。私がどうしたのか。確かに私が彼女に話したことだ。したことだ。間違いのない、間違いのないことだ、確かに。)

「晒されていたのか」
そう言った私に、心臓は、悲しそうに謝った。
「私は。ずっと。面白がられていたのか――?」

何年も私はそれを恐れていた。そして恐怖を感じる度に塗り替えては、前に進んできた。懐かしい、それは最早過去のことだった。

毎日が戦争だったあの日々。私たちは戦争をしていて、私は見えない何かと戦っていた。
過去と今の狭間で、滅茶苦茶に、こぼれた剣を振るっていた。


「――私は昔彼女を疑ったことがあったんだ。しかし実際は、私の考えていたことは被害妄想でね。自己嫌悪に浸った私はそれ以来、ヒトではなく「彼女を」信じることに、したんだ。」
感情的な言葉が空っぽの箱に響く。信じる、とは。なんと独善的で、なんと烏滸がましい言葉だろう。その言葉を言う権利が、人にはあるのだろうか。
否、私には、あるのだろうか。
「私はどうしようもない馬鹿野郎だ」
因果応報、それ相応のことをしたにすぎないというのに。



「涙目になっているよ」
「……ああ、確かに涙目だな、私は!」
「そうじゃなくて、」
本当に。

私は目じりに指を滑らせた。確かに冷たい液体が、皮膚についた。

本当に驚いた時は驚いたと思う間もない。本当に悲しい時は悲しいと思う間もない。
ただその時の私は、切り札がもう殆ど返されていることだけを実感し、その涙の意味を、知る術はなかった。

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11月17日 目的


「たまにきみは、すごくさみしいねえ――」




「なんでそんなにお菓子を持っているの?」
鞠はおかしそうに聞いた。
そういえば確かに、私はなにかと菓子を持っている。そして配る。

最初は、必要最小限の間食として携帯していたのだ。
割安な袋詰めの物だとか、一人で食べるような栄養補助食品。小腹が空いたときの繋ぎだった。
それがいつの間にか、銀紙に包まれたチョコレートだとか、色とりどりの飴だとか、小分けにされた可愛らしいものに取って代わられ、気がつけば私は、何かと甘味を配る人間として認識されていた。あげたいからじゃないかな。私はぼんやりと答えた。
「だれかに、あげたいからじゃないかな。」

菓子を買うときに、誰か、を想定するようになったのは、いつからだろう。

誰か。それはオアシスだったかもしれない。桜だったかもしれない。特定の誰かなど、いないのかもしれない。しかし、それでも、誰か、の中には内包されている人間がいるのに違いはなかった。しかし私はそれから目を背け、ただ、自分のためだ、と、笑う。

(ピンク色のパッケージ。カラフルなキャンディ。着色料のかたまり。砂糖を濾したようなゼリー・ビーンズ。それから。)

(金色の包み紙のチューイング・キャンディ。銀色の包み紙のキシリトール・ガム。五粒百円のチョコレート。)


「いや、でも。きっと本当は、ある人にあげたいんだ。けれど、それが出来ないから、こうして鞠や皆にあげるんだ」

鞠は目尻を下げて少し笑いながら、冗談のように言う。
「たまに  は、すごくさみしいね」
「え、」
「ふとした瞬間の発言が。なんだかさみしい」



『私は、淋しい人間です』。
そんな言葉が、頭を過った。



「いや! 私は恵まれている人間だよ。世界の裏側の、明日生きるのもままならない人たちに比べたら。十二分に幸福者だよ――!」

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7月4日 闇の目

「そうだろうか」
幸せは言った。
「幸せは、相対的なものじゃあ、ないんじゃないか」
「そうかもしれない」
私は、答える。
「けれど、少なくとも、衣食住においては恵まれた環境の中にいるんだ。だから私は、世界の飢餓で苦しむ人たちのぶんまで、精一杯生きるようにするんだ。私は、生きなければいけない。生きなければいけないんだ――」

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12月30日 自由遺志

気が付けば、その呼称は定着していた。気が付けば、意図的に変えたことにしていた。   と、呼んで良いんだよ。そう言って私を許したのはKだけで、他の人間はそんなことは許さなかった。
  さん。私は彼女に責められねばならない。
意図的にそうしているのだ、と、私は忘却の河辺を歩きながら言う。私は呼ばないようにしているのだ。
忘却の河を眺めると、過去は一層鮮明に描き出されて、やはりそれは色褪せてなどいないな、と、私は考える。


その時彼女は怒っていて、私ももちろん怒っていた。なんで、“さん”なの。彼女は言った。意図など全て判っている、とでも言うように。
   。****。**。
ただその時彼女は、初めて他人ではなかった。私が常に総てを晒していながら、それでも他人だと思っていた一方で、彼女はそんな場所すら与えない。
もう私の言葉は、彼女の表面にすら届かない。



気まずいのかな、と、彼女の顔をした靄が言った。そういうことになっているのか、と、私は私の後ろから私を見る。そんなことはない、あまりに長く、そう呼びすぎただけなんだろう。そう信じながらも裏腹に、私は彼女を呼ばなかった。
練習しましょう、  サン。
きっと意図など含まれていない。今の私は、河に映った私と大差のない顔をしているのだ。


呼ばないのではなく呼べなくなってしまった。そんなことは知らずに、気が付けば私は、賽の河原で石を積んでいる。






あの時、あの時、私は焦っていて、彼女は確かに微笑んでいた。なんで、“さん”なの。彼女は私に優しく言う。君のことは判っている、と、言葉の底には秘めながらも。私の言葉を聞くために。
私は昔皆のことをそう呼んでいたんです。
それは、誰の言葉だったのか。その答えを石にして、私はまたひとつ、賽の河原に石を積んだ。


満月を繰り返して尚、過去は未だ鮮やかで、忘却の河を眺めながら私は、安心したように笑っていた。

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1月29日 問題転換


「青のこと、誰かに言った……?」
別にどちらでも良いのだけれど、と付け加えると、彼女はうーん、と、例の笑顔で暫く考えるように黙ってから、言った。忘れちゃった。
「昔のこととか、あまりおぼえていないんだ――いつもその場その場でのことしか頭になくて。だからきっと、私の記憶を覗いてみても、とてもつまらないものなんだと思う」
そう、と私は言い、ストローでオレンジジュースをかき混ぜた。からからと軽い音が響く。
(鮭子さんもよくそういうことをするけれど)
ただ鮭子さんは論理の補強のためにそれをするけれど、彼女は。
私はそれを、罪の無い嘘だと思った。

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11月26日 呼ぶ

「――雀。君はいつだったか、私に聞いた」

『なんで、“さん”なの?』

「君は覚えていないかもしれないが、言ったんだ。何の気なしに言ったんだろうけれどね。私はその時気付いたんだ。私が、かつて呼んでいた愛称で、彼女を呼べなくなったことに、気付いたんだ。」

Kは相変わらず私の頭を撫でている。
箱の中は水を打ったように静かだった。

「――最初は恐らく意図的だったんだよ。それがいつのまにか、呼ばない、のではなく、呼べなく、なってしまっていた。多分、いろんなことがあったからなんだろう。疚しいことがあるのは   で、  サンに対して罪は無いと、そういうことなのかも、しれないな――」

成る程、と、雀は納得したような声を出し、黙った。
相変わらず箱は沈黙していて、「外に行こう。声が響くから」と、Kが私に言う。「いいんだ。大丈夫だから。」
恐らくもうそんな時間は、遺されていない。


どうなろうとも、いい、と、ぼんやりと思った。間も無く箱の蓋は開き、他人は人間に還るのだ。

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12月30日 11月5 日


「…………その人は、所有物、って表現したよ――」
アートは私を一層強く抱きしめた。強張った身体を抱えきれずに、反れた力をいなすように、腕が震えたのが伝わった。
「……物凄く、的を射てる、と、思った」
アートはやはり黙って何かに耐えていた。

「でも、でも、私は所有物じゃない。所有者は、所有物に対して責任があるけれど、彼女は、私に対して、責任はないもの……」




『わたしはね、人間様に飼われたいんだ』
『……どういうことなの、奈良。』
『首に鎖をかけられて、餌を与えられて、一生ご主人様に飼われて暮らすんだ……』
『……ああ、成る程。――それはとても、』
シアワセなことかもしれないな――




「……いっそのこと、所有して、くれれば、よかったのにね――」
「ああ、しょゆう、されたい、ね……」
淡々とした言葉に暫く沈黙をした後、アートは噛み締めるように言った。

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