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それでも君を*****。

(愛か恋かも分からないけれど)

2024.11│123456789101112131415161718192021222324252627282930

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嘘吐きと偽善者の逃避行①

「みかなちゃん驚かないでくださいね。なんと僕は明日、お昼時の修道院の鐘ががんがん鳴り始めるころにどろんと教室から消えてしまいます。みんなが段々眠くなり出す四時間目の真ん中くらいだけれど、鐘の音に吃驚して起き出すのです」
「なんで消えてしまうの?保健室へ行くの?」
「違います。僕の身体はいたって健康体ですもの。ただ、頭がどうかしてしまったみたいで、だからそれを治すために、試しに消えてみるんです。」
「頭はがおかしくなってしまったって、私には充分正常に見えるけれど」
「いいえ、そんなことはありません。断言できます。それはみかなちゃんが一番よく知っているでしょう?白々しいことをいっちゃあいけませんよ、嘘つきは天国へ行けませんから」

「みかなちゃん、僕はあなたを迎えにいきます。だいたい10日位して僕が過去の人になったら、明日のお昼時どろんと消えるのとおんなじように、どろんと現れてあなたを連れ去ってしまいます」


一つ言いたいのは、これは決して顔を見合わせた上での会話でないということだ。突き詰めれば回路の詰まった箱と箱との間の記号のやりとりであるメールの会話であった――だから彼女は僕という不愉快な一人称と、媚びたような敬語を使っている。
実際の彼女はふざけたことの出来ない馬鹿のように真面目な性格を「していた」筈で、また、私に話しかけるような甲斐性も無かったのだ。


そして次の日、彼女は宣言した通りに教室からどろんと消えてしまった。さらに十日経って、やっぱり宣言通り彼女は私を連れ去ったのだ。

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嘘吐きと偽善者の逃避行②

彼女が使った方法は至ってシンプル、かつチープなものだった。


この学校で遅刻をする者はまず朝学校に電話をしなければならない。そして遅れて学校に着いた時、事務の前にある名簿の、自分の名前の欄に時刻を入れるのだが、彼女はそのシステムの裏を上手についた。
その名簿で私は、12時きっかりに学校に着いたことになっている。しかし私はこの学校の何処にもいない。つまりそういうことだ。


彼女は行方不明の人間だから、何をするのも自由だった。ただ、知り合いに会うことだけは注意しなければならなかった。
だから制服と私服と電光掲示板のニュースに気をつけてなければならないのだ……と彼女は淡々と言った。

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嘘吐きと偽善者の逃避行③

「いつか殺されてしまう」

後ろから誰かに抱きつかれていた。「殺さないよ」。面白がるように、或いは揶揄するように言葉が降りかかる。「殺せないよ」。
箱の中だった。机の上には教科書が散らばっている。



目をさますと私を連れ去った張本人が転た寝をしていた。暫くその寝顔を見ていると、人の気配を感じ取ったのか、静かに目を開け遠慮がちに欠伸をする。
「みかなちゃん、起きたんですか」
大きな口をあけ、無防備で全てをさらけ出しているくせに、どこか隙のない目をしていた。(そういえば彼女は、あの箱の中でも、いつもそうだった 気がする)

一日で隣の県まで来れた。
初めて来た公園の滑り台の下は、夜の闇もあいまって妙な安心感がある。

どこかで虫が鳴いている。
月の光と、薄暗い街頭が、ジャングルジムを照らしている。





「君は、私を殺すの?」

彼女は驚いて目を丸くして、それから不思議そうな顔をした。
「殺すわけないでしょう」


「殺されると思っているのは一人だけで、他の三人は、まさか、本気でそんなことは思ってないでしょうに」


他の三人とは誰をさしているのか、悲しそうな目をした彼女には聞くことはできなかった。
「命は一つしかないのです」
珍しく彼女は正論を言った。

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嘘吐きと偽善者の逃避行④

「みかなちゃん、君は私の名前を覚えていますか?」
彼女は突然そんなことを言った。記憶している彼女の名前を言うと、「そう、それを忘れないで下さいね」と呟き、寂しそうに笑った。

それを紙にでも書き留めておけば良かったのだ。
彼女の質問に重大な意味がこめられていると夢にも思わなかった私は、それを死ぬほど後悔している。

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嘘吐きと偽善者の逃避行⑤

後ろから誰かが抱きついていた。誰かの手は首に回されていて、鼻を啜る静かな音が聞こえる。




目が覚めると、目の前で彼女が泣いていた。
「おはようございます。みかなちゃん」
ただ、声は怖いくらいに落ち着いていて、私は訳の分からない恐怖感に襲われた。
「みかなちゃん、私の名前を覚えていますか?」

私は答えられなかった。
彼女はやっぱり、という顔をして、「みかなちゃん。私では夢の続きにはなれなかったのです」。

そう言うと私に抱きついて、首筋にがぶりと噛み付いた。
その瞬間、昼間の世界がぐらりと暗転し、彼女と私と、公園と、滑り台と、此の世界全てを真っ暗にした。




誰かが抱きついていた。
私はその様子を何処かから見ていた。
誰かは泣いていた。
よく見ると、抱きつかれているのは私ではなかった。

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嘘吐きと偽善者の逃避行⑥

目が覚めると、彼女はいなくなっていた。

「こんにちは、みかなちゃん」

その代わりに見知らぬ少女がいた。私より少し年上で、私と彼女と同じ制服を着ている。

「彼女はどこ?」
「あの子はもういないよ」
「しんだの?」
「生きてるよ。私の心の中でね。」

思わせ振りににやにやとして言うものだから、私は少し腹が立った。それを見て少女は意外そうな顔をした。

「それよりも、なんでみかなちゃんはこんなところにいるんだい?」
「彼女に連れ出された」
「何日前に?」
「二週間くらい前」
「その間、補導されなかったの?義務教育中でしょ?二人とも」
「そうだけど。されなかった。偶然だよ。」
「新聞を見た?ニュースを見た?記事にならなかったの?」
「ならなかった。多分、学校が揉み消したって彼女が」
「ずっとこの公園にいたの?二週間も?誰にも、何も言われなかったの?」
「言われなかった」
「二週間、何を食べて生きていたの?お金はどこから出たの?」
「忘れた」
「ここにどうやって来たの?電車?バス?」
「忘れた」
「ねえ、ここに来るまでに誰にもすれ違わなかったの?」
「……忘れた」

「違うよ、みかなちゃん。忘れたんじゃなくて分からないんだ。知らないんだよ、君は」

「あなたは、誰?」

「君は、あの子の名前を覚えている?それが、答えだよ。」

少女は私の頭を撫でた。

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嘘吐きと偽善者の逃避行⑦

少女は垂直に跳ぶと、ジャングルジムに飛び付いた。不思議なことに、ジャングルジムは逆さになって空にくっついていた。

ジャングルジムだけではない。
滑り台もブランコも、皆逆さになっている。
少女は気が付けばジャングルジムにきちんと座っていたから、正しく地面に立っているのは私だけになっていた。世界が全てひっくり返っているのだ。

「みかなちゃん。君のことと、君が彼女と呼んでいる、あの子のことについて教えてよ」

少女は、滑り台に飛び移りながら楽しそうに尋ねた。

「みかなちゃん。この二週間、君はあの子と何をしていたの?」
「野宿」

私は投げやりに答えた。

「彼女は私のクラスメートだよ。あまり話したことはなかった。変な人。面白い人。おかしくなった頭を治すために、修道院の鐘ががんがん鳴る四時間目にどろんと消えてしまった。十日後また現れて、私を連れ去った」
「なんのために?」
「分からない」

少女は思案するように頭を捻ると、何処からともなく紙パックのオレンジジュースを取り出してきて、私に放った。「飲んで」「ありがとう」


「あの子はとても良い子だよ。真っ直ぐで、初志貫徹する。人の気持ちが分かる」
「そう。良い人だよね」
「みかなちゃん。君はあの子のこと、好きだった?」
「好きだよ」



少女は私の言葉を聞きにっこり笑うと、滑り台から飛び降り、私の前に立った。
そして私の首に抱きつき、首筋に手を沿わせた。

「君じゃ夢の続きになれないんだ」


いつも夢に出てくる、抱きついて泣いていた誰かはこの少女なのだと、その時気が付いた。

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嘘吐きと偽善者の逃避行⑧

「ねえみかなちゃん。私は君が大好きだよ」
「ありがとう」

「君は君で、誰でもないんだよ」
「そうだね」
「君は、彼女じゃないんだ」
「そうだね」
「私は、あの子じゃないんだ」
「そうだね」

少女は泣いていた。


「ねえ、あの子は、君と何処に逃げたかったんだろうねえ」


私は薄れていく意識の中で、逆さまの遊具が地面に叩きつけられる音を聞いた。
首筋からは、血が滴り落ちていた。
 

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嘘吐きと偽善者の逃避行⑨

少女の口から流れた血が、私の首を伝って滴る。

「みかなちゃん」

彼女が少女の背後から顔を出した。
彼女の手には水色の紐が握られていて、それは少女の首にかかっている。

少女は虚ろな目で私を見て、彼女を見た。
遊具は、気が付けば元通りになっていた。

「名前を教えてよ」

私が聞くと、少女は自嘲するように言った。

「私は「私」だよ」




どこからか、修道院のお昼の鐘が、がんがんと聞こえてくる。

「みかなちゃん、帰りましょう」
「どこに?」
「私たちの学校に」

目の前には学校の正門があった。
扉を開ける直前、彼女は私に聞いた。
「私の名前を覚えていますか?」
どうしてか思い出せなくて、「なんだったっけ?」と振り返る。
そこには何処からか飛んできた枯れ葉が落ちているだけだった。


中途半端な時間で、私は事務の前の名簿の、自分の名前の欄に時刻を記入した。
私を連れ去る人間は、もういなかった。


教室は、私が着席することにより完璧に埋まった。
「だいじょうぶ?」
隣の席の級友が、心配そうに声をかけた。
「大丈夫だよ。ちょっとお腹が痛かっただけ」
「そうじゃなくて、」
その傷、と首を指した。
「噛みつかれたの?」

あ、と思い級友の顔を見る。少女の顔にそっくりだった。

「ねえ、みかなちゃん。私と一緒に逃げようよ。四時間目の真ん中の、修道院の鐘ががんがん鳴り始める、お昼時に」

私は少女の顔をした級友の差し出した手をしっかり握り返した。


土手を二人で駆けていった。風が青葉を薙いでいる。
少女が私に尋ねる。
「ねえみかなちゃん。君は、私が君を殺すと思っているの?」
「まさか」
「私は君を殺すよ。君の首に噛みついて、動脈を噛みきってあげる」
「まさか。そんなこと、できないでしょ」

少女はくすくす笑う。私も、笑う。

「私は君をいつか殺すよ。水色の組み紐で首を絞めて。墓標に薄い桃色の紙の花を供えてあげる」

私の言葉を聞いて、少女は今度は声をあげて笑いだした。私も、大きな声を出して笑った。

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嘘吐きと偽善者の逃避行⑩ 了

どこまでも私たちは逃避行を続ける。
少女の気がすむまで、どこまでも逃げ続ける。夢の続きになれない私は、いつまでも少女の傍にいるだろう。

少女の一番綺麗な記憶である私は、決して少女を突き放しはしない。それが少女にとって一番残酷なことだと知りながら、それでも好意を振りかざして、何もみせずに全てを受け入れた振りをするのだ。

夢の中で少女が抱きついていた誰かは、段々と私に似てきていた。


「みかなちゃん、だいすき!」
「ありがとう」


少女は、私を信じている。心のそこでは私の存在すら疑い続けているくせに、それを決して口に出さない。
おそらくわかっているのだ。それを口に出すときが逃避行の終わりなのだと。


嘘吐きと偽善者は、どこまでもどこまでも逃げ続ける。
最初に私を連れ去った彼女や、少女が夢の中で抱きついていた誰かの影から逃げ、またそれを求めるように。

最初の逃避行に、私たちは新宿の喫茶店で煙まみれになる。






夢を見た。
少女が誰かの足元に跪いている。
首には真綿をこよった紐が巻きついてる。
少女は動かない。
見かねた私は少女の手を取り引き上げようとした。
それでも少女は動かなかった。

少女は笑っている。
誰かを見ながら笑っている。

私は誰かを見て、そして悟った。
少女が何故笑っているのか理解した。

「誰か」だと思っていたそれは顔の無い蝋人形で、勿論、私も彼女も、そうであったのだ。

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