「センセイの奥さんって、教え子さんですか」
「なんでそうなるんだ!?」
いささか面食らった顔でセンセイは私を見た。
本当に「面食らって」いた。その証拠に、滅多に歪まないセンセイの顔が、歪んだ。
二人の先生は仲が良いようだから、もしかしたらあの話も伝わっているのかも知れない――だとしたらこの発言は言外の意味を含んでしまったことになる。しかし、たった二十秒前にセンセイが言ったことを考慮すれば、私は何も考えずに発言しているはずだ。だから、余計なことを考えるのは見当違いというやつだ。そこまでセンセイが考えたのかは分からないし、考えていないに決まっているけれど。
「事務だよ」
「同じようなものじゃないですか!」
「違うだろ!事務は同僚だ」
センセイの奥さん。どんな人なのだろう。こんなセンセイだから、儚くて優しくて弱々しい人かもしれない。守ってあげたくなるような。いや逆に、センセイ以上に強い人なのかもしれない。六歳差の、センセイの大切な奥さん。それは、「私」が「先生」の奥さんに持った興味に似ている。『それは女性に対する興味ではなくて/先生の奥さんに対する興味』
「あの、私の」
「ん?」
「私の両親はですね、13歳差なんです」
「それはお父さんが羨ましいな!」
「……ずっと知らなかったんです。しかも、最近知ったんです」
「……それは、」
センセイは扉を開けながら言った。
「……ちょっと、な」
私は軽く頷きながら扉の向こうを見た。「お待たせ飛鳥。帰ろう」
ぱたん、と扉が閉まった。
「ねえ飛鳥、13歳差ってどう思う?」
「干支が一回りしているからね 大きい」
「だよねえ」
渋谷のネオンの中をひっそりと通り過ぎていく。きらびやかに輝く光に、私も飛鳥も負けていた。
「元気だして」
「飛鳥もね」
大丈夫だよ、と私は付け加えた。大丈夫でないから、付け加えた。
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