髪っていうのは、自分を隠すためにあるんだ」
「自分を?」
「そう。辛いときは髪をほどくんだ。負けた選手がタオルを被るように」
「朝はどうしようかと思った」
「誰だか分からなかったんだよ!」
彼女は目を丸くして私を見た。なにか言おうとしたようだが、雀の「かわいい!」という声にかき消されたから、結局は解らずじまいだ。
「ばっさり切ったねえ」
「まあねえ」
Kがよしよしと頭を撫でる。
オアシスは驚いたように私を見て、首を後ろに向かせた。「ない!」「きったんだよ!」
「ねえ、どうして切ったの?」
喧騒と視線の中で言葉が振りかけられた。声のするほうを仰ぐと、彼女が例の笑みで私を見ていた。
「思うところがあってね」
『お前は、話す時人を見ないね』――センセイの言葉を体現するかのように、私は下を向いていた。
彼女は、何も知らなくていい。東のことも、私が長髪ににこめていた思いも、髪を切った理由も。知らないからこそ私は彼女と向き合えるし、彼女も私に話せるのだ。
心臓と星がいれば、私は実害を被らない。あの空間は、矢張り異常だったのだ。
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