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それでも君を*****。

(愛か恋かも分からないけれど)

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7月8日クレーターを練り消しで塞ぐ

心臓は何時ものように意味ありげな笑顔で(それは彼女の人間に対する接し方で、実際は何も無いのだけれど)、言った。

なんということだろう。


「そんなに悪かったの」
「むかし手術をしたところでね、」
「そんな、ほんとうに、」

会話をする余地も無いほどに、つまり四点以内の気合いで臨もうと思っていたが、そういうわけにもいかなさそうだ、などとぼんやり思っていた。

「泣かないで」
眉を下げて動揺した私を世紀が笑って慰めた。
優しい世紀は機微に気付いてばかりで、うっかり昔を思い出しそうになる。
「がんばろう」
「うん」
「ゾーンを、ちゃんとやろう」
「うん」

心臓は私に手を振った。



「エースが試合に出られないなんて、一体どうすればいいの」


土曜日に言ったじゃないか、大丈夫だ、って、言ったじゃないか、エース。私たちのエース。嘘を吐いた、私たちのエース。

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7月9日 ファンファーレを鳴らす皮肉なホイ ッスル

「焼いているの?」
「そう」
スルメ焼きみたいだ、と言うと永遠は笑った。
「暑くないの?」
「きもちいいよ!」

空は先ほどのぐずついた様子とはうって変わって、からりと晴れていた。
永遠はコートの真ん中でうつ伏せになっている。世紀と船頭はフリースローを打っている。先に五本入れたほうが、アイスクリームを奢って貰えるらしい。

「太陽が、大好きなんだ!」

永遠が無邪気に言った。

無邪気さは時に残酷だ。白いゆえに人を戸惑わせ、時に人を傷付ける。しかしそれでも、

「素敵だと思う!」

私は心から言った。願わくば永遠の無邪気さが、永遠に失われないようにと、この空に祈った。


太陽の光が降り注いでいた。もうすぐ始まる、終わりの始まりを祝福するかのように。

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7月9日

いつも始まりは他人で、終わりも他人なのだ。

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7月9日 惨さめは気合に換えられない

ドーナッツ型の薄い銀の円盤。ビーズをあしらっていて、鞄のキーフックからぶら下がっている。

「どうしたの」
「なんで、意見が変わったの」

このような話題よりもっと普遍性のある話題に興味のある筈の狐と太陽であったが、私の様子があまりにも変だったのであろうか、珍しく追求をしてきた。

「どうしたの」
「言っちゃいなよ!」

隠す話題でも無いが、話す話題でもないと思った。





話すべきではなかった。オアシスの時とは違って、私は一層惨めになった。
しかし、簡単に迎合しないからこそ、二人には公平性がある。そこは、喜ぶべきだ、と私はポジティヴに思考を働かせる。 哀れみも慰めも、私にとっては同様に辛い。

一つ車両を隔てた向こうで、彼女は何を思っているのだろう。
私は、最低だ。話すことに最早何の意味もないというのに。

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7月8日 再会の名のもとに再開

真っ白な東は私を誘った。

「前にも言ったけど、ヤマトが帰ってくるんだ。だから、大会の初日に皆で遊ぼうってことになっている。  は、空いてる?」
「空いてる。しかし、私が行っても良いのだろうか?」
「全然。いても大丈夫だから!」


さて、私は心臓の話を思い出した。

『東は鈍感だよね。グループの対立とかには敏感だけど、人の機微には気付かないんだってさ。だから  の、そういうのも気付いていないと思う』

この際後半は無視するとして、果たして私はどうすべきか。

ヤマトには会いたい。
しかし水を注すことになるのはたえられまい。
狐も良心も誘われていないのだ。東は気を遣ったのだが、それにしても、しかし、私は東が思うような人間ではないのだ、と声を大にして言いたかった。私は東が思っているほど強くない。


ほとんどがヤマトのために集まるようだ。
集まらないのは狐と良心と、それからこの箱を去った蝶だけだ。

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7月10日ヒーローは、忘れた頃にやってく る

「凄く心配していたんだけどなあ」
「エースは昔からそうだよ」
「ねぇ」
「そう言えば去年も」

今は大事に至らなかったことに安堵すべきであるが、エースという人間は、体の芯からエースなのだと、全くもって思い知った。

「まあ、とにかくかなり出たがっているよね」
「あれは出る気だよ」

うっかりエースと代わってしまった、この罪悪感を返してくれ!


「医者には良いと言われたらしいよ。大事をとって休んでいるだけなんだってさ」


終わりの始まりまで秒刻み。
全員で臨めることに感謝しよう。

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7月11日 選手宣誓


「努力は、素質に勝つよ!」

赤が叫んだ。
20-2。絶望的だ。
それでも這い上がって来る。勝ちに来ている。諦めていない。

私は見たかった。赤が勝つところを見たかった。赤がエースに復讐するところを見たかった。



『うちは、復讐したいんだ。エースも永遠も勿論努力をしている。努力をしているけれど、天性のものも絶対持っている。そういう人には負けたくない。四月からこつこつ練習してきたんだから。少し練習しただけで、才能で勝つような人に、負けたくない』


努力が才能に勝つところを見たくて見たくて見たくて仕方が無くて、私は敵である赤や浅が大好きだった。一生懸命な人は好きだ。大好きだ。周りが見えなくなるくらい入れ込む人が大好きだ。



「30点入れよう!」

しかし、エースのいるこのチームは万全だ。小手先の小細工など一網打尽にするこの勢い!
最早エースは楽しんでいる。負けるなどとは思っていない。

残り時間は三分を切った。
ならばせめて、私だけでも全力で当たろう。負けるかもしれないプレッシャーを感じながら、素質が努力を負かす瞬間を見ていよう。それが最後の、赤たちへの礼儀なのだ。

三ヶ月という時間はあまりにも短い。これがあと三ヶ月長くても、結果は同じだったのだろうか?






「お疲れ様。シュート入っていたね」
「しかし、一本しか入らなかったよ」
それを聞いた世紀が、「私なんて零本だよ!」と言う。「世紀は活躍したんだから良いじゃない! 私はシュートを入れなければただの役立たずだよ」
皮肉などではなかった。私に話しかけた彼女への返答で、彼女において使うとこの言葉の意味は変わる。
そして彼女にたいしても皮肉ではなかった。
彼女は軽く肩を叩いて労って、私はただ、それでも嬉しかったのだ。

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7月10日 前夜祭と海ブドウ、ビーチサンダル

席が三・四に分かれるとかで、永遠と世紀が三の席についた。
余りにも二人が親密すぎるから、三の席は一つ空いたままだった。例えば王と王妃の真ん中に座るような遠慮。憧れつつもいざ目の前にすると近づくのに尻込みしてしまう。

中々席は埋まらず、見かねた世紀が私の手を掴んで引き寄せて座らせた。「おいで!」
すでにわいわいとメニューを覗いていた永遠が、こちらを見てにっこり微笑む。私も、そんな永遠を見て微笑む。


「ラーメン好きなの?」
「好き!」
「よく来るよね」


一人異質な私に気を遣い、話を分けてくれる永遠と世紀は優しい人間に違いない。 旧友たちはそういうところできめ細やかで、だから私は旧友たちが好きだ。他人に対する、ひいては関わりの無い人間に対する、丁寧さや良い意味での遠慮のなさ。そういう教育を受けてきたのだろうか――私はむしろ、この閉鎖空間で培われた空気のせいだと思っている。そう、彼女や東もそうなのだ。


整体の話だとか、セッターの話だとか、世間が狭い話だとかをとりとめもなくして、私はふと、改めて二人は仲が良いのだと思った。それを言うと、幼稚園のときからだから、と世紀が笑う。そうだね、と永遠も笑う。
永遠は普段のふざけた話し方ではなかったから、それで私は二人の信頼関係を確信し、そして、二人が羨ましくなった。
私には幼稚園来の幼馴染みはいないのだ。



明日から大会が始まる。エース不在の作戦会議は、気が付けば雑談になっていた。

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7月13日 自暴自棄、と人は言った

東が負けた。
優勝候補だった東のチームは、後輩に負けてしまった。

「おしまいなの?」
「まけたの?」
「優勝候補だったのに」

「どうして、負けちゃったの」

赤は少し首を捻るとぽつぽつ言った。

「メンタル面が、弱かったんだ」
「メンタル面?」

「マッチポイントで、サーブが真ん中に落ちた。誰も拾いに行かなかったから」
「前の三人が行くべきだったのに?」
「そう。最後の責任をおいたくなかったんだ。チームを引っ張っていく人が、取らなきゃいけなかったのに」
「ああ、だから」
「それに東は、最初にアタックに失敗した。だからその後、強く打てなくなってしまった」



「東も恐らく分かっているんだ。自分がって」
「でも誰も東を責めないよ」

東のせいであるはずはない。だから誰も何も言わない。しかしそれが東を責めるのだ。

東は泣いていた。

「東が泣いているの、はじめてみた」
「ああそうかもしれない 東はあんまり泣かないね」
「いつも飄々としていた」

東の涙を見て私は少し泣いた。


「私がもう少しアドバイスすれば良かった」
赤も少し泣いていた。

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7月14日 船頭多くして船山に登る

今一実感がわかなかった。
がんばったね、おつかれさま、すごかったよ、といった労いの言葉さえもどこか他人事のようにきこえてきた。
勝ちたかった。
エースと船頭が泣いていて、永遠は足を冷やしている。他の味方はただ放心している。


気がつけば次の試合のメンバーがベンチに座り始め、私は一人残されていた。
「撤収しよう」
桜がそう言って、お疲れ様、と笑った。団扇の風が気持ちよくて、有難う、と無理やり笑うと、桜も笑った。

味方は体育館の前に集まっている。あわせる顔がない。
「バレーの応援に行こう」
エースの切り替えは早かった。


階段を下りると、彼女がいた。目が合って、言った。「お疲れ様!」
その瞬間、東だとかジュースだとか青だとか、噛み付くだとか四点だとか色々なものを飛び越えて、私は彼女に向かって手を伸ばした。
「負けちゃったんだ、   !」
彼女は明るい声で私を励まして、私の背中を撫でた。私はあの時よりも引き攣った泣き声で、彼女の背中に縋った。下駄箱の前には誰もいなくて、扉の向こうに味方の背中が見える。
耳が彼女の頬に当たっていた。汗ばんでいたのも忘れていた。




勝ちたくない筈がない。勝ちたい。勝ちたいよ。勝ちたかった。
東。私はね、勝ちたかったんだよ。ただ、勝ちたかっただけなんだよ。
でもね、それで敵を蹴落としたりはしたくなかったんだよ。ねえ、東、私は間違っていたのかな、東。君だって、勝ちたかったんだよね、東。だから、自暴自棄だなんて言われて悔しかったんだよね、東。ごめん、東。エースは味方の暴言を知らないんだ。

後味の悪い勝ち方はしたくない、でも、負けるのはもっと後味が悪かったんだ、東。

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