ふ、と、視線が視界に包みこまれて、溶けた。言葉も摩擦もなにも存在しなくて、ただ、空間が何か形の無いものに充たされていた。
上の空の私を、意味があるというにはあまりにも漠然とした二つの眼で、彼女は見ていた。一方私はというと、日課のように、恐怖というにはあまりにも甘い右目で、彼女を見ていた。視界は暫く、形の無い何かでこの場を充たすかのように留まっていた。それは黄色と起こるそれよりも緊迫はしていなかったし、良心と起こるそれよりも笑顔を必要としなかった。ただ、その場にあった。
その行為はここ最近に限り珍しいことではなかった。取り沙汰すべきことでもなかった。だから動揺するでもなしに、美術館の絵画から視線を外すときのように、無感動に視線を廊下に流す。何かあるのだろうが、あちらが動かない限り私は動けまい。動くまい。それに用件は察しがついているのだ。
嗚呼、滑る。
何度も何度も。
それでも事実以上の何かを感じることが出来ずに、私は感受性、の意味をぼんやりと考えていた。
『大丈夫?昨日はどうしたの?』と、彼女はそう、まるで聖母であるかのように、言おうとしただけなのだ。おそらくは。
PR