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それでも君を*****。

(愛か恋かも分からないけれど)

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無邪気 12 月6日

トラント・セットとノーヴェは、公園で遊んでいた。
逆さまにした籠を木の枝で支えておいて、籠の下にはおいしそうにパンくずを巻く。枝には糸が結んであり、先はノーヴェが持っている。
小鳥がパンくずを食べようと籠の下に入ったら、糸を引く。木の枝は外れ、籠を落とす。籠は小鳥を捕まえる。

「小鳥はばかだね。こんな簡単な罠に気づかないんだもの」
ノーヴェは小声で言った。今日で五匹目の小鳥が、籠の中に入ろうとしているところだった。あくまで無邪気にしているノーヴェを見ながら、トラント・セットは、ぎゅ、と眉を寄せた。
「ばかなもんか――小鳥にだって知恵はある」
不愉快そうにしているトラント・セットには気付かずに、ノーヴェは、やった!と声を上げた。「五匹目だ!」

ノーヴェは籠を僅かに開けると、きょとんとしている小鳥に頬を寄せて何事か呟き、そして直ぐにそれを逃がした。小鳥は躊躇うようにノーヴェの回りを二周した後、遠くへ飛んでいく。

「ねえ、捕まえるでもなしに。何が楽しいの?」
「『捕まえる』ってことがね!」
あっけらかんとしたノーヴェに、トラント・セットは、不愉快だな、と心の中で言った。それから顔を背けて、それきり二人は喋らなくなった。ノーヴェは小鳥を捕まえるのに夢中だったし、トラント・セットは怒っていたのだ。


長針が一周した位で、ノーヴェが、あ、と声をあげた。トラント・セットは振り返った。怒ってはいたけれど、ノーヴェの声には応えなければならなかったのだ。
困ったような表情を浮かべて、ノーヴェは、どうしよう、と言う。
「どうしよう、この鳥、飛ばないんだ」
トラント・セットは籠のそばに行って、小鳥を見た。小鳥は、籠から半分頭を出して、ぴくりともしない。トラント・セットが指の先で頭を撫でても、微動だにしなかった。
可愛そうな小鳥。運悪く籠に首を挟んで、死んでしまったのだ。


しんでしまったんだよ、と言ったところでノーヴェにはその重大さが理解できまい。トラント・セットは、眠っているんだよ、と言って静かに小鳥を手のひらに乗せた。
その拍子に小鳥の口から何かがぽろりとこぼれた。摘み上げてみると、どうやらパンくずのようで、トラント・セットは、もしかしたら小鳥は、それが罠だと分かっていたのかもしれない、と思った。それでも、空腹を癒すために、罠に飛び込まざるをえなかった小鳥が可哀想で、トラント・セットは静かに泣いた。

ノーヴェはあいかわず糸の端を持っている。やめなよ、もう。そう言うべきなのは分かっていたけれど、トラント・セットは何も言えなかった。トラント・セットはもうすでに、首を挟んでしんでいたからだ。

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12月5日 劣勢 1

意図的に考えないようにした。駄目だ、いけない、こんなところで動揺しているようでは、いけないのに。

(寒い)

コートを被ると、いくらか圧力が減る気がした。それでもまだ足りない。寒い。寒い。さむいんだ。
顔が赤のは照れたからでも暑いからでもなくて、
はずかしいからだと、今の私はきっと、分かっているに違いない。

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12月7日 現金な神と借金な人間たち 2

 ちゃん、すき!
ありがとう、東北。私も、すきよ。
口口上に心臓も加わり、甘ったるい言葉と突き放した現実で場は満たされていた。さらに船頭が加わる。さらに花が咲く。それでも私はただ自然体でいればいいのは、なんと喜ばしいことだろう!東北は私の扱いを心得ていた。
楽しそうに喋る心臓、笑いながら菓子を差し出す東北、すかさず口を挟む船頭。小さな小さな、微、閉鎖空間の隙間から、わかっている、というように微笑みながら此方を見つめる彼女が見えた。心臓達はそれに気づかない。気づいたところで優しい二人は何もしなかっただろうけれど。勿論私も、何もしなかった。

皮肉なことばかりだ。この世は皮肉で満ちている。

こちらにむかった梨に対して私はどうすることも出来ずに、ただ泣きそうに微笑んだ。少しでも、このひねくれた指針が軌道を修正すれば良いと思ったが、今更そうなるようにはおもえなかった。


(どこで違ってしまったのだろう。何を間違ってしまったのだろう。気がつけば。掴んだものはどれも、私にとっては生硬に着色されたオリジナルで、)


それは紛れもなく真作であったから、私は皮肉だ、と言わざるをえなかった。

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12月8日

同情するなら、忘れてくれ。憐憫の目を向けられたことを、私は忘れられない。哀れまれて下に置かれた惨めさを、屈辱を、未だに払拭できない。白ければ白いほど、一点の染みは、酷く目立つ。屈辱は自尊心故だと、そう思えているうちはまだよかったのだけれど。

今でも、涙が滲むんです。此れからも、辛くて仕方がないんです。こんなに惨めな自分と共に、哀れまれるほど弱い自分と共に、死ぬまで生きなければならないことが。

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12月4日 ペルソナと鈍感

彼女の視線に敏感なわりに、自分の視線には鈍感だったのだ。自分の目が、口が、眉が、今どんな形をしているのかなど、考えたこともなかった。興味がなかった。ただ、結果として笑っていた。昔は。今はどうだろう。少なくとも、怯えている。怯えさせる。試しに眉をしかめて、鏡を覗いた。少女が一人立っている。悲しいのか怒っているのか、判別がつかない顔をしていた。
今まで、顔にでる事実を隠せたことがあっただろうか。それに気づくのは、いつだってそれが済んだ後だったのに。


ごめんなさい、本当になんの意味もないんです。
その言葉は彼女にはもう届かないから、私は、目を自分のあたまに向けるしかなかった。

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12月7日 現金な神と借金な人間たち 1

まず最初に、その声が誰に対してむけられたものか考えた。ここには二人しかいなかったから、私かもしれないと思った。次に、言葉の意味を考えた。何を言わんとしているのか分からなかったから、彼女の目を見た。それには意味を込めたけれど、おそらくそれは言葉の意味を問うものではなく、最初の疑問を込めていたのだ――とにかく、じっと目を見ていた、お互いに。今日も先に耐えられなくなくなったのは私だった。私が視線を逸らすのと彼女が言葉を繰り返すのはほぼ同時で。
「コンタクトだ」
「……、」
「ほら、最近していなかったでしょう」
「……ああ」
感想を、よく人を観察しているのだ、という程度に押さえつけて、私はぺらぺらと言葉を紡ぐ。彼女も珍しく饒舌に話す。このように無意味な会話など、未だかつてあっただろうか。

椅子に座りながら微動だにせず、表情を殆ど動かさずにいる(少なくとも私はそう思った)彼女は、私を落ち着かなくさせた。似ていたのだ。あの時彼女が、心臓に話していた様子と。重石を押し付けられたような心持ちがした。


私のことはあまり気にしないでね。様々な想定を含意したその答えが、中々打ち込まれなかったので私は顔を見た。なるほど、考えている。その目は寝起きのそれと同じで、今と重なった平行世界を見ていた。

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12月10日 記憶喪失 1

電車が低い振動と共に止まり、人を吐き出し始めた。ヘッドフォンを片手で外すと、鞄の持ち手に引っ掛ける。メトロポリタンの巨大要塞は人を吸い込んでいき、一方箱の中は宴の後のように閑散とした。
何時もと同じように目を相対させていて、何時もとは違うことをする。ただ、彼女は表情を変えなかった。それは予想内のことなのだと、暗に示すように。

確かに、確かに互いに意識を向け合っていたのだと、ぼんやり私は確信する。無意味なものではなかった。だからどうした。どこからかワタヌキの声がする。


ねえ、これは停まる?――多分停まるよ。私は乱暴に彼女の隣に腰を下ろした。そして沈黙が流れる。
さあ、どうしよう。私は静かに考える。

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12月10日 記憶喪失 2

ひたすら相槌を打ち続けた。
それは他のクラスメイトや、そうでない人達――なんにせよ話を振る人のそれと同じで、ただそれは、余程の話題を持ち合わせていない限り、あっさりと終わる。そして案の定一つの話題が尽き、静かになった。

沈黙は苦ではない。むしろ甘受したい。が。気が付けば手を神経質に触っていた。柄にもなく緊張しているのだ、と分かれば、それは単なる戸惑いに近いのかも知れないということに思い当たる。ごお、と、電車がレールを擦る音が耳についた。

沈黙を苦にするか否かが親しさの指標なのだ、とは誰の言だったか。全くの嘘だと思った。沈黙を甘受できるけれど、私と彼女は親しくない。


「……ずっとこれだよね」
「そうだね、四年くらいこれだ」
銀色のフックにかかったキイ・ホルダーを丁寧に指先て玩びながら、ふとした拍子にふわふわとした感覚に襲われた。その状況を客観的に見ている自分が、顔をしかめさせる。キイ・ホルダーから手を離し、よったしわを伸ばそうと人さし指の横腹で眉間にさわると、彼女が不審そうにこちらを見た気配がした。深読みをされたかもしれなかったが、特に何も言わなかった。


ばいばい。そう言った彼女の顔を見ずに、私は手を上げて応える。礼儀がなっていない。相手の目を見て話せ。と、自分を正したところで遅かった。のろのろ電車が走り出す。

私も大概馬鹿だな。そう呟いた。

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12月11日 喉元過ぎて熱さ忘るる

困惑。遠慮。意外。それを見て私は安心した。彼女にとってそれが予想外であったことに、とても。だからその時は、それをどう誤解されようと深読みされようと、それで良いと思ったのだ。もしかしたら、もしかしたら。彼女はもう、そんなことを言わないでくれるのではないかと、そんな馬鹿な期待をしてしまったのだ。

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12月12日 それはきっとお互いに

(意識をむけていたのは、なるほど、意識をむけられているのかどうか、確かめるためだったのだ。)

(それが確実だとわかった今、最早確認する必要もなくなった)


しかしこのすきま風は、どこから吹いているのだろう。

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