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それでも君を*****。

(愛か恋かも分からないけれど)

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12月16日 不死鳥 1

賢い人間は、大抵規則を持っている。比喩的なそれではなくて、本当の意味で。
例えば、教科書を入れる順番。起床時間。服の着方。筆箱の置き方。使う文房具。帰宅時間。意識してはいなだろうが、結果として規則という習慣に乗っ取っているのだ。

それから例えば、鞄をかける向き。彼女はどうだったかと、なんとか思い出そうとしたが、あまり思い出せなかった。実際それは些細なことだ。過去にせよ今にせよ。





目があった。

私はそれを意図的にしたはずなのに口角は固まったままでいて、結局私のほうから目を反らしてしまう。これじゃあただの不審者だ。

(ありがとう)

本当に言いたい言葉は感謝の気持ちであるのに、理屈張った頭は、言い訳と予防線を紡いでいる。

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11月16日 不死鳥 2



(……特別特快。通勤快速。各駅停車……)


『ねえ、止まろう』
『……』
『切ないんでしょう』


今日は晴れている。空が青い。悲しいくらいに澄んでいる。電車の発車時刻を告げるランプと、駅名がずらりと並べられた表示板を見比べながら、暗算をする。到着は32分になりそうだった。


(……特別特快。通勤快速。各駅停車……)


『だいじょうぶだよ、もう。いいんだよ。』


表示板の上で、視線が滑った。『毬。私はね、』

私は懲りないんだ。何度でも何度でも繰り返す。たとえ仮面の下で私を罵ろうとも、優しければ。不死鳥のように生まれ直すんだ。何度でも、何度でも。ばかだね、私は。本当に、ばかだね……


(……特別特快。通勤快速。各駅停車……)




「私が今ここにいるのは偶然だ。あの日も勿論偶然だった。けれど、彼女はそうは思わない。私もそうは思わない。だから、彼女は、今ここにいないのさ。」

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12月17日 満月兎は、北斗七星の夢を見る か?

それは単なる談笑だった。決して込み入った話ではなかった。完成した作品を鑑賞していて、やれ、これはセロファンを使っただの、折り紙はこう切っただの、クリエイティヴな精神を持つ人間同士の、単なる談合だったのだ。その人間というのが、偶然、心臓と星だったというだけで。勿論私はそれと、よもやま噺以外の話をしていない。

「凄い。細かいなあこれは」
「それにセンスが良い! センスがあって、さらにそれを形に出来るというのが凄いよ」
「全くだね」
「この写真は、」
「予備校の。こうして見ると綺麗に見えるけれど、」
「実際はぼろいんだよね!」


(ただ、それだけなんです。あなたの話なんてしていませんでした。貝ともそうでした。ねえ、――サン。ごめんなさい。私がかつてそうだったように、あなたも私が、怖いんでしょうか。)


『四人で仲が良いわけでもないんだよ』
じゃあ、境界線を越えなかったのは、彼女なの? と、私はあの日の船頭に尋ねた。

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12月21日 赤ワインの集い

ニコさんは鮭子さんが離れるのを止めはしないだろう、と鮭子さんは思っている。私はそうは思わないけれど、鮭子さんがあまりに確信をもったふうに言うので、そうなのかもしれないと思えてくる。そうだとしたら、私もニコさんに置いていかれるのかもしれない。

ニコさんは飄々としていて掴み所がない。口は上手く動くし、話している人をを愉快な気持ちにさせる、けれど、本心は悟りにくい。裏表がないから、どれも本心だと言える。鮭子さんは八方美人だと表現した。

ニコさんは鮭子さんの愚痴をあしらう。いちおう、聞いてはいるけれど、心から理解しようなんて思っちゃいない。間違っても同化はしない。自分の道を行く。だからといって、ニコさんは鮭子さんが嫌いなわけではない。愚痴を聞く気がないのだ。それは向上心があるからではなく、興味がないだけなのだけれど。勿論私に対してもそうだったから、私はニコさんが好きだ。

「鮭子さん、鮭子さん。それはニコさんの口口上じゃないの?」
鮭子さんは顔をしかめて首を捻った。鮭子さんはというと、こんなふうに過去を記録していて、絶対に塗り替えないし、デリートもしない人だ。正確に過去を引き出しては、完璧に理論を組み立てる。そして向上心のない人間が嫌いな強い人だ。そこがワタヌキに似ていたから私は鮭子さんが好きだ。


一事が万事こんな調子で、でもなんだかんだで私たちは一緒にいる。今までもそうだったから、これからも、当分はそうにちがいない。

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12月22日 あきばこと白衣

兎に角、少し眠りたかった。目は既に細くなっていたし、キャパシティ・オーバーした頭は、急速に回転を止めていた。ただ、今眠るわけにはいかなかった。(考えろ。考えろ、何が最善かを。)だからといって。疲労を止められるわけがない。考えるから疲労するのだ。私は思考を止めた。行動は総じて悪い方へ転がるのだ。今までもきっとこれからも。それに今は、そんなことをしている場合でもない。


寂しい、と言ったアートは、白衣がちらつくたびに意識を持っていかれた。寂しいね。私も応える。海先生に会えないものね。アートは少し黙って、ことこと笑った。ああ、そうだよ。蟹先生にも会えないからね。
そして二人で口をつぐんだ。暫くアートは机に伏せて、私は伏せたアートのうなじを見た。兎に角、少し眠りたかった。


「でも」私はふと言った。
「でも、安心しないかい?」
「……厭なことを言うな、この子は」
アートは投げやりに笑った。

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12月22日 時効自得

泣くといいよ。わんわん泣いていいんだよ。東北は言った。その言葉を聞くのは二度目だった。あたたかくて優しくて、一つひとつの言葉には意味があり、それは心に染みた。だからそれに甘えないように、首を振って拒絶を示した。「私がいけないんだ。なのに、泣くなんて。それはとても自己中心的なことだよ……」。東北は何も知らない。何も知らないから、私にそんな言葉をかける。私を肯定しようとする。


『――――――――――!』
泣き出した私を抱えるように抱き締めて、アートはその時泣いていた。重なったのだろうか、何かが。そして私は知った。アートに依存心などない。ただアートは、優しく感受性豊かで、誰かの気持ちに同調しやすいだけなのだ、と。


「辛いときは、思いっきり泣いても良いんだよ。意味は無いのかもしれないけれど、我慢することなんてないんだから」


アートでない誰かなら、その時どうしただろうか。きっとこう言ったのではないか。「それは考えすぎだ。気にしない方がいい。彼女は君を、嫌いなんかじゃあないよ」。そして私は後悔する。甘えたことを後悔する。


いくら待ち続けても、時効は来そうになかった。この箱を出た後さえも、私の懲役は続いているに違いない。
許して欲しい。この箱から出る前に。
ただそれには、圧倒的に時間と、向上心が足りないのだ。

私は東北の手を握った。

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3月3日 時限爆弾

「なにか、してほしいことは、ある?」

彼女は聞いた。身の振り方を決めるために。優しくてそれでいて冷たい問いだった。そして完膚なきまでに間違いの無い、決定的な他人行儀! 私はまずそこで、最初の選択をしなければならなかったのだ。

静かだった。
そこは静かだった。
とても。

その小さな箱の中は文字通り私と彼女の二人きりで、遠くからは人道的な喧騒が聞こえてくる。

僅かな沈黙の後、ある、という手離した声が響き、また、音が消えた。

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12月22日 外

手を振った浅に上手く手を振れず、私は隣にいる星の足を見た。どうしたら良いのか、分からなかった。

(不安にさせている。疑わせている。それが彼女を苦しめている)

ああ、目。あの目。明らかに意味がある目。その時、彼女の意識の中に、私が入り込んでしまったことを知ったのだ。不可視故にどちらも、お互いを想像するしかない。そうして創造した人間は果たして誰なのか。どちらも分からない。分からないから想像を信じる。分からないままであることが、危険因子で、堪らなく不安なのだ。


疲れているから気になるのか、気になるから疲れているのか。恐らくどちらもだ。けれど、それ以上に恐ろしさがあったのだ。彼女だけではなくて、ひいては自分に対する。

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9月7日 自認

『奈良は、よく自分のことを駄目人間だと言う。けれど、もし本当にその可能性を危惧しているのなら、絶対に認めたくない筈なんだ。死んだって認めたくない筈なんだ。自分が、駄目な人間だなんて、言えるわけがないんだ。』

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12月22日 バッド・アップル

言葉で伝わることなど限られている。言葉に意味などない。ほんとうの言葉というのは、意味のある無言語が積み重なった上でのみ、意味を持てるのだ。

例えば、私が眉間にしわを寄せて、だいすき、と言ったとする。それだけだと、相手は何かの罰ゲームだと思うかもしれない。しかし、私がいつも幸せそうに眺めていたのを、相手が知っていたらどうだろう。きっと罰ゲームだとは思わない。しわの意味は逆転する。つまり言葉に意味はないのだ。


ひっくり返した傘立てを雑巾で磨いていた。隣では拭き終わった傘立てを星が戻している。梨や桜やオアシス達は、ここからは見えない。私は何故ここにいるのだろう。その疑問は特に不満足を孕んでいなかった、が。それでも何か、言葉以外の何かが、全身から溢れていた。言葉が意味をもたず、弁明も出来ないほどに。そして、それはすでに気づかれている。黙認されている。あるいは、私が自覚する以前から。だから、私は手を振れなかった。彼女も手を振らなかった。

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