「気まずい」
「どうして?」
数学は笑った。
何故だか自分を見ているような気がして、私は数学に対して嘘を吐くことはしないだろう、などとぼんやり確信する。「他人の言うことなんて気にしなければ良いんですよ。気にしなければ。」どちらかといえば自分に言っていた。
虫が泣いている。夜独特の音がしていた。
つい一分前、「空気を読むよ」と言ったドラムと、それからそれを肯定し、囃した旧友たちを思い出す。皆一様に本気だなどと思っていないし、それは私とて例外ではない。要は面白がっているだけなんだ皆は、と、私は初めて愛情を込めてその言葉を使った。
「熊はね、ドラムに送られたがらないんです」
「熊が?」
「そう。ほら、いつもみたいに、にこにこ笑って言ってました」
「そうなんだ」
いつもは熊とドラムとのぼる坂を、今日は数学と歩いてる。
脇の神社からは虫の鳴き声がする。じいじい、泣いている。
皆お互いの近況など、恐らく触り程度にしか知らない。しかしそれでも私達を繋げている、確かな絆がある。かつて同じ場所にいて共に支えあったという事実が、私達を繋げている。だからこそ、私達はここにいられる。ここには諍いも無ければ策略も無い。
それを嘆くかのように、虫たちは泣いている。知っているのだ。その微妙な距離感が崩れたときどうなるのかを。
私と数学は、それを微かに揺らしてしまった。まだ崩れない。しかし、もしかしたら、いつかは。
きっと工業はそれを感じ取ったのだ。
私は、出来上がったアルバムを受け取る先生の姿を想像していた。そして、その後のことを考えていた。
私は、それでもきっと、何も言わずに数学と出かけるからだ。