不機嫌そうな顔で彼女は教室に入ってきた。すぐに眠いのだと分かった。
「ねてる」
「ね」
鐘が休み時間の終わりを告げても、彼女は微動だにしなかった。
「おきて」
「鳴ったよ」
頭をつつくと、びくりと身体を震わせた。思いの外彼女は眠たいのだ。そして疲れている。
七月。八月の一月前。初夏。梅雨。そして終わりに近づく最後の山。
山の向こうには綺麗な景色があるという。彼女はそれを見るために山を必死で登っているのだ。
山の向こうに行ってしまえば、こちらには戻って来れまい。
私はそれに気づきたくなくて、未だに登山を躊躇している。安穏とした幸せな場所を、間も無く去らなければならないことから目を背けている。
こちら側は気づけば、ずいぶんと人が少なくなった。
べちゃりと机に伏せている彼女は、猫のようだ。
「かわいい」
そうだ、飴をあげよう。眠気覚ましに、立方体が二つくっついた小さな飴を。
そして私は自分の席に座る。
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