「――それからは辛いことがあるたびに、手を包んだ軍手の感触を思い出していたというわけです」
シミ先生の話は、「皆さんも、『これを思い出せば耐えられる』という思い出を作った方が良いですよ」という言葉で締め括られた。
今日はシミ先生の誕生日だった。毎年祝って貰えないという話を各地でしたら、郊外の校舎の生徒が高級ブランドの品と寄せ書きをくれたとか、一方此所の校舎はバナナ一本だったとか、そんな話を面白おかしく、ただし淡々と話していた。シミ先生はヤマ先生と似ている。
シミ先生は、べらぼうに頭が良い。冷たい。声が高い。未婚。三十路一歩手前。だが残念なことに、女子高生が好きな変態だ。(最もそれは、本人がそう言ったわけでは無いけれど)
唇と頬に色を入れて、爪の先まで気を遣っているようなそんな子が好きらしい。
演習時間ふとシミ先生を見ると、もくもくチョコレートを食べていた。この教室の教卓の上に、リボンをかけられ、ぽつねんと乗っていたものだ。「なんですかこれは。『ご縁がありますように』?これは未婚の私に対する嫌味でしょうかね」。
授業中だろうが何だろうがお構い無しで、それで怒られはしないのだろうかと思ったが、そうだ、シミ先生自身が言っていたように、シミ先生は偉いのだから、きっとそんな心配は無用なのだろう。食べる姿がなんだか栗鼠みたいで案外この人は幼いのかもしれないと思った。
「二条さんですか?…………奈良さん……ではないですよね」
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