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それでもワタヌキは表情を変えなかった。歯をくいしばって、眉を寄せて、何かに耐えるようにじっと一点を見ていた。
何か一言言ってやりたい。私はあの涼しい顔を思い浮かべた。それはワタヌキのためである以上に、自分のためでもあった。
なんでやつなんだろう。なんでわざわざやつを選んだんだろう。いや、私は本当は、その理由を知っている。
「そうか」
ワタヌキは急に力を抜いて、どこか空を見た。
「どうせ――おまえは知っているんだろ」
ばしゃり、と冷水を浴びせられたような気がした。
なにを、と私は衝撃でまわらない頭を必死で回転させる。ワタヌキが感情をストレートに言葉に出したのは、初めてだった。
「知っているんだろ。全部聞いているんだろ。それで二人して私を――笑っているんだろ」
ワタヌキに、私の言葉は届くのだろうか。果たして、本当のことを話したとして、それをワタヌキは信じるのか。当然の疑心暗鬼で固められたワタヌキは、自分で出した答え以外の事実を受け入れるのか。
「それはないよワタヌキ。私はワタヌキが思っているほど、仲良くない」
私は私のことを話すけれど、話されたことはないんだ。二人とも、ワタヌキを笑ったことなんてないんだ。それは本当だよ、ワタヌキ。信じて、ワタヌキ。いや、でも今のワタヌキは信じない。だとしたら、私の言葉はなんの意味も持たない。言葉の無力さが身にしみて、私は泣きそうになる。
怒鳴られることに、耐性はあるのに、罵られても、泣きはしないのに、淡々としたワタヌキの言葉は心を抉った。それはきっとワタヌキが鏡で、私を、私の目下にさらけ出してしてしまったからだ。
「……すまん。最近疲れていてね」
ごめん、と謝ってワタヌキは背をむけた。その背中はとても小さく見えた。
引き止めたい衝動に駆られたが、私は一歩も動くことが出来なかった。