(めがいたい)
目薬を取りに戻った。当然だが私の席には彼女がいた。
床に膝をつく。鞄の中の紙袋を開ける。ピンク色の小さなボトルを取り出す。もう一つの鞄から小包を取り出す。ぐるりと辺りを見回す。教師の不在を確認する。袋を乱暴に剥く。飴玉を口に放り込む、と、ようやく一息つけたような気がして、私は小さく息を吐いた。口の中にじっとりと葡萄がの味が広がる。そして何の気なしに、私は私の席に座っている人間に意識を向けたのだ。それは紙が捲れる位のほんの一瞬で、何の含意もなかった。が、彼女はそれに呼応してしまった。
「ねえ、だいじょうぶ?朝はどうしたの?」
後頭部に言葉が振り掛けられ顔を上げると、真っ直ぐな彼女の目とかちあった。真っ直ぐ。二秒ほど視線に意味を持たせることに成功したが、他の人間と同じように、それを維持することは出来なかった。私は視線を下げ、事実を並べながら鞄のファスナーを開ける。「めが、はれた」
そう、それはたいへんだあ、かわいそうに、と台本を読むように彼女は言った。少なくとも私に向けられた言葉ではないと分かったが、そばにいた誰かに向けたわけでもなかった。ただ漠然と、事情を知る全ての人間に宣言したのだと思った。
そしてその時ふと私は、黄色が言ったことを理解してしまった。『自分に向けられるものには敏感だが、他人のそれは分からないんだ』。それを今彼女は体現し、私はそれに気づいてしまったのだ。恐らく彼女は、私が忙しなく動いている時にさえ「意識を向けらていると思って」意識を向けていたのだろう。私は曖昧に頷いた。
単に飴に関して自己中心的だった自分を恥じ、要るか、と差し出すと、いる、と礼を述べてそれを受け取った。妙に嬉しそうに受け取った。側にいた二人の分も置くと、「ねえ、賽子、ほらあ、――がくれたよお」
キャップに被せたビニルをはぎ取り、洗面台で目薬を注した。溢れた薬が頬を伝い、涙のように見える。きっと嬉し涙だ。気が付けば左目の痛みが、また主張を始めていた。
(ああ、めがいたい)
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