うう、と荒く息を吐く私に、彼女は大丈夫、と心配そうに声をかけた。(嗚呼、なんで出来ないんだ。なんで。なんで。)経験は間違えなく彼女以上にあるが、そのどれもあまりよいものではないのだ。自分でもそれには気付いていた。だが、それを補うのは鍛練しかないということも、痛いほど承知していた。(はじめてまとも以上の人とやっている――もう少し早くからあたっていれば)
五メートル先の彼女を見、右足首を二度回す。左足に体重をかける。息を静かに吐く。じり、と右足に力を入れる。神経を集中させる。そこでふと、目の前を横切るエースに、思い立って声を掛けた。
「エース――ちょっと見て貰えませんか――」
二三の言葉を貰い、チャイムと同時にどうにか形になった。
荒く息を吐いて蹲った私に彼女は近づいた。だいじょうぶ。背中にべたりと触れる。それはとても長い時間に感じられた。実際それは長かった。違和感を感じるほどに。何かを考えるべき事実のはずだが、しかし残念なことにそれは余りにも些細な問題で、私の頭を占めているのは全く別のことだったのだ。
「……つづかない」
「それは何度も走ったからだよ」
明るく慰める彼女の顔を見ずに、私はやはり全く別のことを考えていた。「走りきれるかな」
だいじょうぶだよ、と相変わらずからりと言う。私は私の頭と会話をしていて、彼女の言葉に機械的に返事をしていた。昔のように。ワタヌキのように。
PR