咳をして座り込んだ私に彼女は言う。
「無理して来ることはなかったのに」「そうだね」
学校は閑散としていた。私も、きっと来ないほうが良かったのだろう。――サンに会いたかったからね、という気障な台詞が頭をよぎったが、それを口にすることはしなかった。酷い嘘だった。「……部活、帰ってた」「ああ、帰されたねえ。後輩が皆感染しちゃって」「みんな?」「一つ下と二つ下が」「たいへんだね」
ああ、気まずいわけじゃない。気まずいわけじゃないんだ。それ以上でもそれ以下でもなくて、私は他人行儀に言葉を返す。そうしていると、彼女に許されたような気になってしまう。全てがなかったかのように錯覚してしまう。私は自分の甘さに泣きそうになる。彼女はいつだって私に対しては知らない振りを貫いてきたというのに、それすら忘れてしまいそうになる。昔戻れたのかと、その優しさも関心も、なんの代償もないものだと思ってしまう。無償のものなど、この世には存在しないというのに。その欠片を、また何かの中に探そうとしてしまうのだ。
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