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喉がからからに渇いていた。乱暴に踏んだウォータークーラーのペダルが派手な音を立てる。冷たい水が喉を静かに伝っていく。全身ががたがた震えていた。上半身が何かに圧迫されていた。ついた膝に触る床が冷たい。水道の縁にかけた手も熱を奪われていく。全身を腕で覆い、私は蹲っていた。
好意を確かめる行為。私は少し泣きそうになって頭をかかえていた。
「そうだ、前にもこんなことがあった」
床に膝をつける。
「そして断ち切るのを止めたんだ」
蛇口から溢れる水がステンレスを叩きつけている。
「でも直ぐに後悔した――それは一時的なもので、また疑いを持ち始めたんだ」
間も無く始まる体育祭の話になって、それからその流れで恒例のあの話になっていたのだ。
「私は貰い手がいないかもしれない」
梨と彼女が話していた。私は教科書を捲って、至近距離にいた。教室の喧騒に混じって、二人の声が耳を通り過ぎている。ふと、彼女のあの低い声で、私を凍りつかせる単語が聞こえてきて、私の聴覚は皮肉にも敏感になっていた。
「いることはいるんだけれど」
彼女が梨に言う。
「同じ部活の子じゃないんだけれど、元運動部の子で」
「約束したんだけれど」
「最近気まずいみたいで」
「なにもなくて」
「残念だけど」
「まあいっか」
「みたいな」
「その子だけなんだけどね、頼まれたのは」
私はたまらなくなって教室を飛び出した。
(知っていたんだろうに、私が傍にいるって)
喉を伝う水が熱を冷ましていく。ふと顔を上げると、東がこちらに歩いてくるのが見え、急いで水道を離れた。
(嗚呼、なんでまた、今更)
今朝のことが頭に過る。
(無意味に私の話をした。無意味に私の名前を読んだ。私のそばで)
(私にあいさつをした。私に手を振った)
(今までそんなことはしなかっただろうに!どういう風の吹き回しなんだろうか)
なにが苦しいのかは分からなかった。ただ、昔のように私はトイレに篭って頭を抱えていた。
(知っている。彼女は好意を繋ぎ止めたいだけなんだろう。無邪気さは時に、残酷だ。)