がしゃん、という金属音と、間抜けで明るい機械音を聞いてから、私は静かに歩き出した。吹き抜けのどこにも人は見当たらない。窓ガラスの向こうにいる事務の教師に会釈をしながら階段を上ると、どこからか消防車の音が聞こえてきた。
(私は、ただ恩赦が欲しかっただけじゃなかろうか。それも私でなく彼女の。)
ぷかぷかと雲が流れていく。灰色の雲が流れていく。放課後の校舎。誰もいない校庭。感傷が襲ってきて、鼻がつんとする。
(許すっていうのは、認めるってことじゃないのか。だとしたら、何よりも先に認めなければいけないのは、自分ではなく彼女のことだ)
私は木製の椅子にどさりと腰を下ろした。「おかえり」「ただいま」。もう、何も考えることなどない。そう思っていた。が、無意識にぼんやりしていたようで、黄色と幸せが、気にするな、と声をかける。気にしていない、と私が言うと、黄色は眉をひそめた。
「気にするな、いずれ良い思い出になるから」
大きな窓の外には、灰色の空が広がっている。この空を介して全てが繋がっているというのは、ただの比喩で、全くの嘘だと思った。私は首を垂れた。
「気にするな」「気にしていない」。
遠くで、皮肉っぽい声が聞こえる。私は、私に対してその言葉が肯定的に使われたのは、数えるくらいかしかなくて、大抵は蔑視と嘲りだったことをふと思い出す。やはり今回も同じだった。
「私は、人を好きにならないな――どうにも」
誰に、ということでもなく、ぽつり、と呟いた。
「彼女を好きだったときのように――好きにならないな――」
ただ一言、いずれ無かったことになるから、忘れてしまえ、と言葉をかけられて、私はとうとう泣きそうになった。だとしたら、今に意味なんてあるのだろうか。この気持ちさえも、嘘になると言うのだろうか。笑いあったことや、ぶつかりあったことも、みんな無かったことになるのだろうか。今を生きているのは、私だけだったのだろうか、と。
気にするな、と二人が言い、気にしていない、と私は返した。気にしているのはあちらのほうだから、と、ひどい真実を吐いた。