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それでも君を*****。

(愛か恋かも分からないけれど)

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7月14日 偽りの幸せの名の下に二人

飛鳥は黙って唸っていた。
「で、結局ヤツとは付き合ってるわけ?」
「分からない」
うーん。今度は私が唸る番だった。

暫く黙って、それからぽつぽつ話す飛鳥は2月から変わらないようにも、変わったようにも思えた。
あの閉鎖空間ではこのような話をする機会も無いわけで、つまりは私は貴重な人間なのかもしれない。それは驕りというわけではなく、というのも、飛鳥自身も特殊な人間であり、そのように貴重な人間であるということが、必ずしも肯定的な事実ではないからだ。

「……というか、あの話の意義も分からない」
「なんか、曖昧だったよね。条件が」

付き合う、付き合わないの話では無かったから、結局なあなあで終わっている。気がする。幸せはどう思っているのか知らないけれど。(そういえば、私もそうだった!)
飛鳥は幸せなのだろうか。幸せなのは、文字通り幸せだけなのではなかろうか。
何か引っ掛かる発言がある度に鞄に顔を埋める飛鳥は、なんだか可哀想だ。それは私の干渉すべきところではないけれど。

「私は、言うほど愛されていない気がする」

確かにそんな気がして、私はまたうーんと唸った。「そうかもしれない」
しかし、だからといって私がとやかく言うことは出来ないのだ。これは二人の問題で、二人がよいなら良いのではないか。でも実際一人は幸せでなくて、片方は幸せで。私はそんなの絶対に嫌だけど。だからこそ四月はこういう道を選んだのだけれど。
『わかれちゃえば』――その言葉をぐっと飲み込んだ。言ったところで効果はあまりないし、飛鳥からは絶対に切り出さないと知っていたのだけれど。


「だってね、『愛が欲しい』とか言うくせに、いちゃいちゃしたくないんだってさ」

私は「愛が欲しい」などと大真面目な顔をして言う姿を想像して、酷く笑ってしまった。

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7月14日 学習能力の無い愚かな人間の墓穴


「君に告白の定義を問いたい」
「突然どうしたの」
「いや、こう、倫理的な意味で」
「自分の気持ちを伝えることじゃないのかなあ」
「うん。うん。君は何も間違っちゃいないよ!」
「うーん? カミングアウトは」
「?!」
「カミングアウトは、ぽろっと言っちゃう感じ……かな?」
「!? よし、今からカミングアウトする!」
「うん」
「あー」
「……」
「うー」
「……」
「信じてもらえないかもしれないけど、私はそういう系の人じゃないんだ!」
「どんなカミングアウト?!」





「ねえ、   、大好き」
「ありがとう」
「これも、告白なの?」
「……誰かに、告白したって、言われたの?」

私は大きく肯いた。
「あれは私の黒歴史なのに」

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7月14日 それを自暴自棄と人は言う

馬鹿だ。馬鹿だ。大馬鹿者だ。どうでも良くなったって言ったじゃないか。私だけ取り残されたんじゃなかったのか。それでもういいってなんなんだ。見え見えなんだ、曲がってるのが。失礼だよ、アートが可哀想だ。可哀想だ。可哀想だよ……

「自暴自棄って言葉を知っている?」


一番極端なのは君じゃないか。黄色。破壊は、君が思っているより優しいんだ。そら、創造は優しくなかったろ?アートは、君を信じている。まさか、代替だなんて思っていないよ。だから、もう止めてくれ。痛々しくて、見ていられないよ、黄色。アートが、可哀想だよ、黄色。


破壊は、今いったい何をしているんだ!

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7月18日 宴の始末①

髪っていうのは、自分を隠すためにあるんだ」
「自分を?」
「そう。辛いときは髪をほどくんだ。負けた選手がタオルを被るように」






「朝はどうしようかと思った」
「誰だか分からなかったんだよ!」
彼女は目を丸くして私を見た。なにか言おうとしたようだが、雀の「かわいい!」という声にかき消されたから、結局は解らずじまいだ。
「ばっさり切ったねえ」
「まあねえ」
Kがよしよしと頭を撫でる。
オアシスは驚いたように私を見て、首を後ろに向かせた。「ない!」「きったんだよ!」



「ねえ、どうして切ったの?」
喧騒と視線の中で言葉が振りかけられた。声のするほうを仰ぐと、彼女が例の笑みで私を見ていた。
「思うところがあってね」



『お前は、話す時人を見ないね』――センセイの言葉を体現するかのように、私は下を向いていた。
彼女は、何も知らなくていい。東のことも、私が長髪ににこめていた思いも、髪を切った理由も。知らないからこそ私は彼女と向き合えるし、彼女も私に話せるのだ。

心臓と星がいれば、私は実害を被らない。あの空間は、矢張り異常だったのだ。

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7月18日 タイヘンナヘンタイ

「まず、うちのこと好きってのがよく分からない」
「わかった!好かれ慣れていないんだ!」
「てゆーか、かっこいいとかすきだとか、そういうこと言われてもむしろ疑う」
「うん?」
「言われれば言われるほど疑う どうせ今だけだしって思う」
「赤!」

素敵だ。

「良心!赤が素敵なの!」

お弁当を食べている良心に向かって叫ぶ。

「どうしたの」

「赤が、好きって言われても疑うって!」
「あらあら」
「どうしよう、考えが分かるかもしれない」

同時にそれは危険だ。

「好きっていうのは最高値だから、後は下がるしかないってことでしょ」
「そう!」

危険だ。

「私、創造から乗り換えようと思う!」

所詮黄色と同じなのだ。

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7月18日 宴の始末②

かの円卓会議のとき、私が危惧したことは二つあった。



知っている。執着は弱みだ。負けだ。
つまり彼女は私の弱みだ。

髪は無かったから、逃げる場所は無い。『つまり、お前は自分に自信が無いんだな』。知ってます。知ってますセンセイ。だからどんなに論理的でない世迷いごとさえ、鼻で笑うことが出来ずに真に受けてしまうのです。
(例えば戯れの軽口、例えば道行く人の舌打ち、例えば試合中の暴言)

だから私はセーターを羽織った。身体が半分隠れた。
黄色は無表情でキャラメルを見ていた。



大学に進学したら
一緒にいられなくなりますね
住むところも離れていますし
きっと忘れてしまうんですね


それは嘘じゃない。でも、キャラメルが干渉してくるなら、これ以上は得策ではない。


なんと返事をしたらいいのでしょう。でも一つだけ言えること。
忘れてしまうことはない!




かの円卓会議のとき、私が危惧していてことは二つあった。
一つは世界が敵にまわることで、もう一つは彼女が傷つくことだ。

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7月22日 青い春の終わり

『おめでとう』

沢山の――夏休みということを考慮しても、思っていたよりも沢山の人間が私に言葉を贈った。


自分が生まれた日というのは、年を重ねる度にその恩恵を受けにくく、また有り難みが薄れがちになるのだけれど、確かな形として届いた言葉は、確かに私に喜びを与えたに違いない。


後輩からはプレゼントが届いた。
郵送で、時間の指定までされてきっかりと届いた(と、受け取った弟が真顔で言った)それは、私に必要なものばかりが詰め込まれていた。 そう、今私がすべきことなど、一つしかないと思い知らせるように。


家族は私に私の好きな食事を作った。
ほたてやいくらを存分に使った丼をかきこみながら、私は同じ日に生まれた、私と対照的な人間を想った。 (東も、こうして家族に祝って貰っているのだろうか)


友人達からはメールが届いた。
しかし、かたかたと一通一通に返信を打ちながらも、ふとした瞬間に空虚感に襲われるのは何故だろう。
終わりが、漠然とした終わりが、段々と形を持って現れたからではないだろうか。そうだ、来年の今日、同じ人間とこうしてメールをしている保証はどこにもない。



だとしたら、私はこの一瞬一瞬を大切にしたい。
辛いことも悲しいことも、こうして今感じたことは、そう遠くない未来に、輝きを持った思い出として、私を静かに支える存在になるのだろう。
かつて彼女の思い出が、私を確かに支えたように、例えそれが虚構であったとしても、盲信するなにかが必要になったとき、それはきっと私を奮い立たせる何かになるのだ。

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7月25日 こころと心

「センセイの奥さんって、教え子さんですか」
「なんでそうなるんだ!?」
いささか面食らった顔でセンセイは私を見た。
本当に「面食らって」いた。その証拠に、滅多に歪まないセンセイの顔が、歪んだ。

二人の先生は仲が良いようだから、もしかしたらあの話も伝わっているのかも知れない――だとしたらこの発言は言外の意味を含んでしまったことになる。しかし、たった二十秒前にセンセイが言ったことを考慮すれば、私は何も考えずに発言しているはずだ。だから、余計なことを考えるのは見当違いというやつだ。そこまでセンセイが考えたのかは分からないし、考えていないに決まっているけれど。

「事務だよ」
「同じようなものじゃないですか!」
「違うだろ!事務は同僚だ」

センセイの奥さん。どんな人なのだろう。こんなセンセイだから、儚くて優しくて弱々しい人かもしれない。守ってあげたくなるような。いや逆に、センセイ以上に強い人なのかもしれない。六歳差の、センセイの大切な奥さん。それは、「私」が「先生」の奥さんに持った興味に似ている。『それは女性に対する興味ではなくて/先生の奥さんに対する興味』


「あの、私の」
「ん?」
「私の両親はですね、13歳差なんです」
「それはお父さんが羨ましいな!」
「……ずっと知らなかったんです。しかも、最近知ったんです」
「……それは、」
センセイは扉を開けながら言った。
「……ちょっと、な」
私は軽く頷きながら扉の向こうを見た。「お待たせ飛鳥。帰ろう」



ぱたん、と扉が閉まった。



「ねえ飛鳥、13歳差ってどう思う?」
「干支が一回りしているからね 大きい」
「だよねえ」

渋谷のネオンの中をひっそりと通り過ぎていく。きらびやかに輝く光に、私も飛鳥も負けていた。

「元気だして」
「飛鳥もね」

大丈夫だよ、と私は付け加えた。大丈夫でないから、付け加えた。

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7月17日 過去の清算

「違う。交代は梨」
「あれ、」
「まだいて。  にはまだ頑張って貰う」
「、ありがとう――」



そうだ。分かったでも頑張るでも了解しましたでもなくて、何故口をついたのが感謝の言葉だったのか――それが意味するところが分かったとき、私の中に結果がすとんと落ちてきて、私はそれに対する責任をとる必要があるのだと悟った。
全ての責任をとる、などという烏滸がましいことは出来ない。私は、自分の力をそこまで過大評価していない。そして実際私には結果を左右するような影響力は持ち合わせていなかった。はずだ。そう思っていたはずだ。


『エース、  をもっと使って!』

『  には、まだ頑張って貰う』


東は味方に手を貸した。エースの言葉はそれを受けていた。その証拠に、私に、繋げようとしていた。勝つために、ボールを。


『きっとね、エース以外がどれだけシュートを決められるかが、決め手になると思う』


世紀の言葉がよみがえる。



そして私は髪を切った。
理由を聞かれたら、東へのお詫びだとでも言っておこう。若しくは、失恋したの、と、笑顔で振り切ろう。
誰も責めないのなら、せめて私だけでも、私を、責めることにしよう。

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◇登場人物/夏物語


飛鳥:無関心
奈良:不干渉
良心:最後の砦
アート:口達者

センセイ達…善意と他人行儀と仕事と苦労の境
 海先生:苦労人
 山先生:他人行儀
 トトロ先生:公私混同
 シミ先生:変態
 ミナモ先生:世話好き

旧友達…時間が止まっている
 直線:憧れ
 ドラム:器用
 工業:しっかり者
 数学:弄られる
 熊:最長の付き合い

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