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それでも君を*****。

(愛か恋かも分からないけれど)

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9月5日 青い鳥②



私は彼女に何も与えなかった。彼女も私になにも与えなかった。彼女は私が望んむものを全部くれた。
青、チョコレート、返事、メール……全部私が望んだことで、あるいはそれらが与えられるのは必然だったんだ。ただ彼女は、それ以上のは何も、びた一文だってくれなかった。そう、ずっとそう思っていたんだ。

でもあったんだ、一つだけ。あの日、全てが始まってからたった一つ、彼女が、彼女の意思で、私に与えたものが。




本当はね、それを、全てを知っている大人が、何も知らない子供に嘘を吐くような(それでいてそれが優しさだと信じているような)残酷な好意だってまとめようと思っていたんだよ。(若干の例えを交えてね)でもねえ、やっぱり無理だった。それは悪意ではないんだから。悲しすぎるほど優しい他人行儀。それを否定するのはあまりに苦しい。その時その瞬間の私は、間違いなくそれで救われていたんだ。無様な姿を晒したことも忘れられるくらいにね。


彼女には沢山のものを貰ったよ。心からそう思う。私は何もあげなかったっていうのに。分かっていて独善的な愛を注いだ。分かっていて逸れた道を貫こうとした。分かっていた。本当は、私は彼女のことが好きなんじゃないって。いつまでもうやむやにだらだらと続けてきたのは、きっと怖かったからなんだ。この気持ちが無くなったとき、私が今までやってきたことが白紙に還るのが――怖かったんだ。
異常なまでの執着は、ただ臆病な自尊心と、空っぽの中身を隠すためだけのもので、それ以外の理由なんてありはしなかったんだよ。空っぽの私は、自信を持って言えることが一つしかなかった――『私は彼女が好きです』。


ああ、休み明けに彼女の顔を見て、何も思わなかったときの焦燥感は、きっとこれだったんだ。

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9月5日 青い鳥③


彼女にはとても感謝しているよ。ほんとうに、筆舌に尽くしがたいくらいにね。





ねえ――どうしてそんな顔をするの?君は私じゃないし、彼女はあの子じゃないのに。君とあの子は、きっと別の結末だよ。
――だから、悲しそうな顔をしないで、ワタヌキ。面白い話を読んだんだ。青い鳥はね、『ある時から、元から青かったことになったんだ』。

ねえ、幸せになって、ワタヌキ。

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9月11日 スカート

「ああ、そうだ」
私は人差し指で首をなぞった。
「これ、一昨日もらったんだ。狐と幸せに」
親指で鎖を襟の下から引っ張り出すと、鳥籠をあしらったチャームを晒す。銀色で小ぶりのそれは、華奢で今にも壊れそうだ。


「プレゼントはね、きらきらしたのに、したんだよ!」と楽しそうに笑った狐は、どうやら方向性を違わなかったらしい。ピンク色の紙袋、極彩色のリボン。目に刺さる色。「ありがとう!」「幸せとね、凄く悩んだんだ!」私は貰ったその場で首に巻いた。家に帰っても巻いていた。学校が始まっても巻いていた。


華奢で小さな今どきのそれは、余所行きのジュエリーボックスにでも入れておくべきなのだ。壊れてしまうし、学生的ではない。常につけているものでもない。分かっている。そしてなにより、浮いているのだ。


首を見て目を丸くする太陽に
「私らしくないよね」
と言うと胸にぽっかり穴が開いて、何とも言えない重苦しい気持ちになっていた。「そうだよね、あんまりつけないよねえ」
だとしたら何故私はいつまでもこうしているのだろう。

思いやりだな、と言った幸せに、私が気に入っただけだよ、と応えた。それは本当だったが、だからといって真理ではない気がした。


銀色をぶら下げた自分を想像したら、上流階級のパーティーに紛れ込み――必死で溶け込もうとしている――一般市民を見てしまったような憐憫の情が溢れてきて、惨めったらしくなった私は、結局風呂以外ずっとつけていたそれを、首から外してしまった。



外的な私と内的な私にずれが生じること以外にも、私自身に性別の概念が加わることが、堪らなく気持ちが悪かった。
いつまでも膝上のスカートを履いている理由を、私はうっかり失念していた。

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9月22日 赤旗を掲げる雪達磨

最初の祭が終わった。

「梨――ねえ梨。貴女は、  サンに青を頼んだ相手を知っている?」
梨の答えは至極単純で明快なものだった。「知らない」。

これから先の会話をどう続けたものか思案しながら、私は黙った。安心の次には疑惑が襲ってきて、果たして二つの道のどちらを進むべきか、問うてくる。こんなことなら席を立たなければよかった、と些か後悔をしたが、今更無意味なことだった。それ以上聞かない梨を左側に感じながら、私は投げやりに構えていた。

「ええと、部活は一つだけだったっけか?」
突然の梨の発言に、そしてその内容に、ぎくりとしてただがくがくと肯き、頭の中は様々なことが駆け巡る。しかしその深読みに反して梨はただ文化祭の話に繋げたいただけらしかった。「どうして」「いや、他に掛け持ちをしていたかなあ、と」私はそこで、用意していた台詞を言った。
「ねえ、梨。私は元運動部なんだ。運動部なんだよ…………!」

知ってるよ、と梨は笑い、私も少し笑った。

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9月16日 内向ベクトル

窓の前の棚に座り、彼女は弁当を食べていた。

「――ン、――サン、練習があるってさ」
「体操着持ってないんだー」
私は軽く会釈をするとそのまま背を向け、名前と連れ立って教室を出ようとした――が、困惑したような気配を感じてしまい、立ち止まる。酷く無愛想だったのだ、と自分の行動を省み、慌てて身体を半分捻ってそう、と頷いた。たった今ぞんざいに扱ってしまったのは、そういえば彼女なのだ、と妙に冷静に分析するが、だからといって会話を続ける言葉など、他人に対するように見つからなかった。
「制服ならで良いならいけるよ」
慌てて言ったような彼女の台詞。それを許可する権利するなど一生徒の私にはないのだ、と穿った感想を抱き、気がつけば
「……私に言われても困る」
などど、苦笑しながら予想以上にきつい言葉を発していた。
なんとなく、いや、確実に、人と話すことが難しくなっていた。そしてその原因に彼女の存在は見あたらなかった。他人に対して不感症になっていて、自分は酷く内向的になったのだと、恐ろしく冷たい頭が計算を弾き出し、だからと言ってそれは悲観すべきことではない、と誰かの声が響く。



教室の扉を開け、名前と二人で廊下に出ようとした。
その直前、肩越しにと窓を見ると、ぼんやりとした視線が、私の視界に溶けた。
それが彼女のものだと認識できたのは、私が隣の教室に入り、政治の顔を見たときだった。

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嘘吐きと偽善者の茶番劇 2

校庭に集まったからといって点呼はしないだろうし、酷く混乱する筈だ、と言う意見は一致した。
「何か言われても、『気分が悪かったので保健室に行ってました』ですむことだよ」
野次馬は楽観的に言った。
「で、何があったんだよ?その口ぶりだと何かを知っていそうだけれど」
「まあね」
正義漢は頬に笑みをたたえながら、フェンスに預けていた背中を起こした。五階分下の喧騒が此処まで聞こえてくる。
「この一週間、二人で聞き込みだの張り込みだの、情報収集をしていただろう?それらを総合して論理的に組み立てて、あれこれ予想を立ててきたけれど」



一週間前に起きた盗難騒ぎ。犯人を探すと誓った人間と、好奇心からそれに便乗した人間がいた。二人はお互いにお互いを揶揄して、戯れのあだ名をつけた。



「その結果が出たってことさ」
正義漢はタンクの後ろを指差した。
 

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9月23日 コンプレックス・ジレンマ 1

私は明後日、神社に行く。



暑い。
二階の自室は太陽光をたっぷり吸った大気で満ちている。全身からじっとりと汗が滲み出、心なしか息をするのが億劫だった。
寝転んだシーツが、ひんやりとして気持ちが良い。
単語帳を片手で持ち、全身の力を抜いていると、いつのまにかうとうととしていた。


夢を見た。

彼女が私を見ている。広い教室の対角線上に、視線がはしっている。
彼女は笑う。貼り付けた笑みで笑う。私はそれに気づかないでいる。
彼女は手を振る。昔のように手を振る。私はやっと彼女に気付き、私に向かった視線を見る。
そして私は彼女を指差し言うのだ。




ぱ、と目が覚め私は、首筋に汗が溜まっていることに気付いた。
馬鹿馬鹿しい、と私は思う。私は意固地になっているだけなのだ。自分自身を救うために。
何の意味があるのだろう。思わせ振りは手口だと、彼女は何度も示してきたというのに。彼女は私ではないし、私は数学でない。そんなことは分かっている。それでは誰も救えないし掬われないことなど、分かっている。

枕の横に転がる携帯電話のランプは青く光っていて、私はのろのろとそれを掴む。知らない振りをしろというのだろうか、そんなことを言われてまでも。気付くなと、何もするなと、全てを知っていて知らない振りをしろと?
そんなこと私は出来ない、屈辱を与え続けるなど、日にちを跨いで待つことなど――そうだ、私は短期決戦型だ。

私は顔を枕に埋めた。自己中心的な自分が、たまらなく嫌だった。




『私はあなたとは違うんだ』
彼女はそれでも笑っている。
私はまた負けた気がして唇を噛む。



私は明後日、神社に行く。
彼女の影は、まだ私の傍をちらついている。

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9月23日 コンプレックス・ジレンマ 2

「今思ったんだけれど、神社で よければ好きな人おしえて よければ」
「いいですよ いればですけれど」
「それはいるととっても? 嫌なら言わなくてもいいんだよ?」
「考えておきます 好きの定義も嫌いの定義もわかりませんけど」
「定義なんてないと思うよ なんだろ その人といるのが 幸せな だけ おれはね」
「なるほど。個人的に 一緒にいなくても幸せなことはあると思いますが まああまり期待はしないで下さい」
「そういうのもあるのか おれは苦しいかな 一緒にいないと なんか苦しい 大丈夫だよ誰が好きでも たとえ直線のことが好きでも」
「違いますよ 可愛いというのは女子校のノリです  すてきですね 一度そういうふうに人を好きになってみたかった」
「期待してます」
「期待するべきではないです」
「いや まず好きな人がいたっていうことに驚き」
「好き……なのかよくわかりませんが」
「ということは 僕の知っている人?」
「ご想像にお任せします」
「追求してごめん」
「平気です きっとあたりませんから」
「あたらないの?」
「ええ高確率で」
「余計気になる! まさかタレントとかスポーツ系?」
「いいえ テレビ見ませんから」
「旧友?」
「何故?そんなことを言ったかしら ……それに好きとは少し違う イエスが好きなクリスチャンってとこです」
「尊敬みたいなかんじか」
「端的に言えば。私はその人がいなくちゃ駄目だったんです 過去形ですが」
「過去?現在のひとはいないの?」
「今もそれなりに尊敬してますが」
「僕の知ってる人?」
「分かりません」
「どういう、」
「存在は知っているんじゃないんですか、多分」
「まさか、前に話していた、」


「そう その人以外に強い感情を傾ける人は、今はいません」

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9月12日 夏の終わり

君は今幸せなの?――ちょっと、幸せじゃないかもしれない。辛さは苦笑していった。


予想外の結末ではなかった。だから私は、全くもって衝撃などうけなかった。


辛さにしても奈良にしても、幸せそうだったのは最初だけだったし、奈良に関しては悲しそうな顔が印象に強い。

始まるときはあまりにもなあなあで、いい顔をしなかった。しあわせだという言葉と、その絆を信じて何も言わなかったのだ。今更その時の云々を持ち出す気はないが、果たしてこの束縛に意味はあったのかと、私は夕焼けを見ながら思う。

どれもこれも今更過ぎた。
あの時もっとはっきり言っていれば、二人は傷付かなかったかもしれない、という後悔も仮定も、私の自己満足に過ぎない。総てが手遅れで、もしかしたら最初から歯車は噛み合っていなかった。無理矢理噛み合わせようとすれば必ず歯は折れる。折れる前に回転を止められてむしろ良かったのだと、肯定的にとらえるべきだ。



『いやだ』
と、奈良はどんな気持ちで辛さを引き留めたのだろう。
辛さよりもむしろ奈良を心配していた。奈良。変わった人。それを誰かに相談出来るのだろうか。辛さがかつて心配したように。




「私は間違っているのかな」
「間違っちゃいないよ」
本当にそうか私には分からなかったが、間髪入れずにそう答えた。辛さは悲しそうに笑った。

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9月20日 逆転現象 1

教室のむこうに、彼女がいた。部活の友人たちと大きな群を作り、廊下を闊歩している。
視界の端にそれをとらえ、特になにを思うでもなく(あるいは、無意識に視界の端に弾いて)昼食をとるために良心と教室を出ようとした。扉から足を踏み出して、右に曲がって、階段を下りて外に出て、それで終いだった。はずなのに。
「おお」
彼女がこちらを見て表情を変えたのだ。それなりに親しい友人が、すれ違いざまに挨拶をするように。

私に向けたものか、良心に向けたものか、あるいは別の誰かに向けたものか、その時はまだ確定はしていなかったが、なんにしても私はそれを、自分に関係のないことだと認識し、まわりで繰り広げられる活動写真の一つだとして、教室を出ようとしたのだ。
おかしなことに私は、彼女には私が見えていないとでも思っているらしかった。何も思わなかったのだ。テレビの向こうのアナウンサーが、私に対して笑顔をむけているわけではないように、彼女も同じなのだと思った。

しかし、すれ違いざまに夕日がこちらに手を振り、それに応えるように振り返った時、視界に入った彼女の表情といったら!彼女は、あの時窓の側でしていたのと、同じ表情をしていたのだ。

私は何もしなかった。何もすることが出来なかった。それでも、辛うじて上げた口角は、状況の処理速度についてゆけず、酷くいびつに表情を作った。なにかを誤魔化すように会釈をして、それで階段を下りた。良心も私も、何も言わなかった。
私はそれが、良心に対するものだと思った。そして待ち合わせの場所に向かった。


これが彼女でなければ、彼女でさえなければ、私はもっとうまく笑えたのだろうか。彼女だったからいけなかったのか、それとも他の誰でも同じだったのか。私は考えた。しかし、やっぱり頭は冷静で、混乱もしていなければ取り乱してもいなかった。そしてふと、私は、何かに入れ込むことが出来なくなってしまったのではないかと、そう思った。そしてこうも思った。私は彼女とそんなに仲がよかったのだろうか、と。

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