教室のむこうに、彼女がいた。部活の友人たちと大きな群を作り、廊下を闊歩している。
視界の端にそれをとらえ、特になにを思うでもなく(あるいは、無意識に視界の端に弾いて)昼食をとるために良心と教室を出ようとした。扉から足を踏み出して、右に曲がって、階段を下りて外に出て、それで終いだった。はずなのに。
「おお」
彼女がこちらを見て表情を変えたのだ。それなりに親しい友人が、すれ違いざまに挨拶をするように。
私に向けたものか、良心に向けたものか、あるいは別の誰かに向けたものか、その時はまだ確定はしていなかったが、なんにしても私はそれを、自分に関係のないことだと認識し、まわりで繰り広げられる活動写真の一つだとして、教室を出ようとしたのだ。
おかしなことに私は、彼女には私が見えていないとでも思っているらしかった。何も思わなかったのだ。テレビの向こうのアナウンサーが、私に対して笑顔をむけているわけではないように、彼女も同じなのだと思った。
しかし、すれ違いざまに夕日がこちらに手を振り、それに応えるように振り返った時、視界に入った彼女の表情といったら!彼女は、あの時窓の側でしていたのと、同じ表情をしていたのだ。
私は何もしなかった。何もすることが出来なかった。それでも、辛うじて上げた口角は、状況の処理速度についてゆけず、酷くいびつに表情を作った。なにかを誤魔化すように会釈をして、それで階段を下りた。良心も私も、何も言わなかった。
私はそれが、良心に対するものだと思った。そして待ち合わせの場所に向かった。
これが彼女でなければ、彼女でさえなければ、私はもっとうまく笑えたのだろうか。彼女だったからいけなかったのか、それとも他の誰でも同じだったのか。私は考えた。しかし、やっぱり頭は冷静で、混乱もしていなければ取り乱してもいなかった。そしてふと、私は、何かに入れ込むことが出来なくなってしまったのではないかと、そう思った。そしてこうも思った。私は彼女とそんなに仲がよかったのだろうか、と。
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