「あげる」
差し出すと、きょとんとした表情で、軽い礼を述べた。私の奇行など、いつものことだとでも言うように。そしてその一方で、「かわいー」などと声が聞こえる。彼女の傍に居る彼女の友人が言っているのだ。私に関する評価だが、私に向けて言ったのではない。だから私は目を細めて、そっと彼女の頭に手を置いた。静かに撫でる。
「え、そういう立場なの?」
彼女とお弁当を囲んでいる友人達が、面白そうに声をかけた。
「うん、私 のこと大好きなんだ!」
「そういうことらしいよー」
笑いを含んで他人事のように言う彼女は、今日は怒っていないようだった。しかし、彼女が私の言葉、特に彼女を褒めるものを、誰かに対して言葉を紡ぐのは珍しいことで、なんだか妙な気分になった。おかしなことに私は、彼女と私の間に、誰か別の人間が介するのがとても不思議な気がしたのだ。そうだ、そういえば私は、彼女が、「彼女を好きな私」について、社交辞令以上の感想を漏らすのを聞いたことが無かった――黄色の話は間接的だし、私が危惧したものは全てが杞憂だったのだ。
「かわいいなあ」。髪を撫でながら思ったままを口にする。すると驚いたことに、口々にえー、とかでもー、とか声がかけられた。
「 よりも花を差し出す のほうが可愛いよ!」と星。「えー」と心臓。そして極めつけは「 のほうが、」と濁した船頭の後を掬って「私より のほうが可愛いよ」と繋げた彼女だった。私はそのリップサービスになんと返事をしたら良いか分からず、また曖昧に笑うしかなかった。否定は無限に続く会話の始まりだし、この場合、謙遜は自虐でしかなかった。だから、「もう、 はかわいいなあ」と彼女に頬を寄せた。
(ぴたり)
一瞬と止まった空気に、知らない振りをすれば良いものを、「あ、ひかれちゃった」と思ったままを口にするものだから、だから私は駄目なのだ。(私は彼女の友人達が望む私以外の私を演じてしまったのだ。そうだ、ここには黄色も幸せもいない。この半アウェイな状況を、私は友好的な友人達のために、忘れていた)
「へえ、ちょっと意外かもしれない!」
笑いながら言う船頭。
「えー、そんなことないよ。だって、中二のときは、」
東のことが大好きだったんだよ。と言ってから(あ、しまった)
「好きだったって、今は?」
「うーん、あんまり」
接点も無いしね、と言い訳のようにもごもごと口を動かしながら彼女の顔を見ると、「 ?」と東の名前を呟いていた。東を名前で呼ぶのは彼女たちが旧友であることの証だった。
「えーと、それも可愛かったから?」
「うん!」
へー、と友人達が不思議そうに言う。
「え、でも東と彼女ってあんまり」
「意外だよね」
「そうかなあ。東も彼女も似てると思うよ」
(他人行儀に優しくて、作り笑顔が上手で、字が右上がり。親切なのに干渉しなくて、私に関心が無くても優しい人たち)
膝には広げられたプラスチックの弁当箱があり――なんと中には缶詰の果物(多分あれは白桃だ)がでんと詰まっている。
私はそれをぼんやりと見ながらお昼を囲む友人たちの会話を聞いていた。意地悪に纏めると、東より彼女のほうが良いと勧めている。そして話題は静かに逸れていく。
「いいの?待ってるよ」
あ、と振り返れば、友人たちが私を待って談笑していた。
私は彼女に手を振ると、私を待つ友人達の方へ駆けていった。
お弁当を広げたベンチの傍には、シロツメクサが沢山咲いていた。ただそれだけの話だった。