帰ろう、とはどちらも一言も言わなかった。
ただ下校時刻になって、教師たちが見回りに来た。(気のせいだといい。彼らは私と東をまじまじと見た。確かにこの組み合わせは珍しかった。)
東は着替え始めた。私は少し迷った末顔を背けた。東だからと言うわけではなく、只なんとなく気まずかったのだ。
「直帰?」
「うん」
教室を出る直前、私は東の頭を撫でた。
恐らく東はそれに慣れていなかった。沈黙。「みんなそういう反応するんだよね」。私は当然のことに気づき、言う。
身長が高くて、撫でにくい。誰と相対して、と考えると彼女以外であるはずが無い。彼女は小さいのだ。
教室には二人しかいなかった。そしてこの階にも。
ふ、と好奇心が湧き上がった。
彼女にしたことを東にしたら、と思うが、都合の良いことに東と私は精神的にも遠かった。(リスクは負いたくない。そう思うだけの羞恥心はまだ残っていた)
東と私は二人で階段を下りた。五年前の私は、これを望んでいたのだろうか?願い事は、意外なところで叶う。
私は、ただなんとなくという理由で、東に紫を頼んだ。
閉鎖空間の中で、それが意味することを忘れていた。
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