教室に足を踏み入れる、何の気なしに泳がせた視線が絡んだ。
(ああ、私はまた墓穴を掘った)
彼女は、いつも黙っている。確固たる信念や、親の熱心な教育の賜物などではない。ただ恐らく、黙っている以外のことを知らないのだろう。
つん、と視線を逸らした――今、此処はもう舞台の上だ。
黄色との会話が聞こえていようがいまいが、私はもう何もしない。できない。それだけの刃を失ってしまった。
「私の作戦は成功したんだ!」
「あらよかったじゃないの」
「ただ、私の意図するものとは若干ずれてしまったんだよ。それも悪い方に」
「意図が伝わった?」
「彼女は、恐らく自分が一人になれば私が近づくと、学習したんだ。だから自分から人に絡むんだ。」
「きっとこれによって彼女の中で『嫌いじゃない』から『嫌い』になったよ。」
これで、良かったのだ。
「今はあまり好きじゃないしね」
彼女は、何も言わない。私がどれだけ黄色に話そうと、何も言わない。何かに気付いても、何も言わない。
だから私も黙るべきだったのだ。
恐らく、内通者は黄色ではなく私だったのだろう。一人なのは、私ではなかったのだ。
被害妄想は今は消えていた。幸せや黄色の言葉を借りるなら、躁だ。これが鬱に移行する前に、私は彼女に謝罪の念を抱かねばならない。
しかし、その気持ちも明日には消えてしまうのかもしれない。明後日には、そう思ったことさえも忘れているのかもしれない。
一秒後のことも分からない私を支えているのは、かつて彼女が好きだったという、唯一不変である過去の自分それだけなのだ。